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「写真術」にだって術はつくだろ?

つくだろ!?

『やっぱ何かおかしくないですかココ…
ヒップホップに「術」とかついてるのが 
すごく気になるんですけど…』

『フフ…そりゃ気にしすぎだよピヨ彦!
「手術」にだって術はつくだろ?』

ピューと吹くジャガー(1)第11笛「ヒップホップは難しいでござる」の巻!

誰でも写真を撮影する時代だ。
ひとり1台のスマートフォンにはカメラが搭載されていて、好きなタイミングで写真を撮ることができる。

1億総キャメラマン時代といっても過言ではない。

ご多分にもれず僕もなんやかんやでスマートフォンで写真を撮る。

なんかつい、空の写真を撮影したりして。空はいいよ、誰が撮影してもそれっぽく写るもの。
ふと立ち止まり、空にケータイのカメラを向けては空を写す。そして照れ臭い表情を堪えてまた歩き出す。

ワナビーを揶揄した表現として
「毎日インスタに空の写真を上げてるヤツ」
っていうのを、あるとき偶然目にしてしまい、僕はたいそう心を痛めた。

いや僕はインスタには上げてない。インスタにはカレーの写真しかないのだから、ご指摘には当たらない。
などと述べて、致命傷を防いだつもりだったが、傷は深かった。

なんか空の写真を撮ってるオレ、何かいい感じの何かをしている雰囲気がしていい感じじゃね?

という、具体性ゼロ、虚無を見透かされたようで、ひどく落ち込んだ。

さすれば、写真術、シャシン・ジツを学べばいいのではないかとピーンと来た。


この本は良かった。

写真を、下手・上手の軸と、良い・ダメの軸、に分ける。2軸のマトリクスが出来上がる。

そのマトリクスを踏まえて、まずは、下手だけど良い写真を目指そうよ、教えてあげるよという主旨。

シャッターを押せば何かが写る。単に現実世界を切り取っているだけなのになぜか、うまいとか下手とかの差が生まれる。なぜか?

上手い・下手はともかく置いといて、良い写真を撮るにはどうするか?

という本だ。


昨日のnote、やけに“スキ”がついた。
と思ったらご本人にツイートされてた。
あんな文章で恐縮です。でもチョットうれしい。


ダゲレオタイプの昔に比べれば、というか比べるのがおかしいけれど、ともかく写真は手軽になった。もちろんダゲレオタイプのことはなにも知らない。

僕らの世代は、なにからなにまで移り変わる時代だったように思う。過渡期。
ボケっとしていたら、ファミコンがプレステになってた。
ダイヤルアップ接続が光回線に、ポケットベルがPHSになって携帯電話に変わった。

フイルムカメラからデジタルカメラに変わるのも同じようなタイミングだったような気がする。

当時はフイルムカメラ全盛期だった。カメラ屋さんが町にたくさんあった。写真一枚が、シャッターを一回押すことが大変に重かった。
24枚とか、36枚撮りとかだから、フイルムが終わるまではなかなか現像に出さなかった。
むしろ残ったフイルムで無駄な撮影をしたりした。無理やりの作り笑顔をしたり。

それから少ししたらデジタルカメラが普及しだした。はじめはバッテリーが大きくて重たいうえに3時間くらいしかもたなかった。それがバッテリーがだんだん小さくなり、デジタルカメラが一気に普及した。

そのうちに携帯電話にカメラが搭載されるようになった。ケータイで撮影する写真はどんどん綺麗になっていった。
そんなわけで僕はカメラを持たずにiPhoneだけを持ち歩く。

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