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東京二十四節気日記#43大暑 ペリリュー-楽園のゲルニカ-を読んで

✈︎大暑→立秋

8月23日 大暑

この駅のこの時間ならば、と待ち伏せしたところにちょうどエスカレーターからKが降りてきた。風が吹く駅の構内。どこかで夕立なのだろう。最寄駅に着いたら真上で稲光り。雷鳴は遥か遠く。

とうもろこしを茹でる。ピーマン、トマト、オクラ、ズッキーニ、パプリカ、茗荷にゴーヤと我が家の食卓に夏野菜が続く。フォローしている椹野道流さんのnoteにとうもろこしと玉ねぎをかき揚げにして素麺と食べる、とあり。美味しそ〜。

気温29度。蝉が盛大に鳴く。シャンシャンと耳に心地よい。ひとつひとつの音に集中してみたり、全体をひとつの音として聴いてみたり。

コンビニに立ち寄ると、店長さんが募金箱を熊本地震のものに変えているところだった。ささやかながら寄付をする。

「竜の巣みたいな雲だった!」と帰るなりKが言う。黒い積乱雲が円柱状に上昇し、縦横に稲光が走っていたとのこと。いいなあ、わたしも見たかった。

「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」 武田一義 全11巻読み終わる。
太平洋戦争末期ペリリュー島の戦い。当初1万人ほどの兵隊がいたが、最終的に生き残れたのは34人。終戦を知らず、1947年まで島に潜伏し続けた事実に基づく若者たちの話。絵柄のかわいらしさに助けられて読み進めた。
凄惨な状況の中で良心を保たせていたのは何だったのだろうかと思う。例えばこの軍隊の中に私がいたとして、私はどのように行動するだろうか。規律を全うする気もするし、狡くやり過ごす気もするし、仲間を助ける気もするし、縋る気もするし、そんなことは捨てて早早に生きることを諦めるか、あるいは自分さえ生きられれば良いとするかもしれない。様々な登場人物が出てくるがどのキャラクターも全部私の中にいる。その上でどんな自分でいようとすることができるだろうか。

太平洋戦争の話に触れ、その度に「ああそうだった」と思うのは当時の兵隊の若さだ。この話でも一等兵で20、21歳。少尉、軍曹でも25歳。私の祖父母もちょうどこのくらいの年齢で戦争を体験している。何か後ろ暗いものを生涯抱えていたとしてもおかしくはないが、祖父からも祖母からもそんな気配は一切感じず、私にとても優しかった。漫画にしても小説にしても長い物語を読むと登場人物のことが好きになってしまう故に、読み終わってしまうととても寂しい。また会いたくなってぱらりぱらりと頁をめくる。

作品の参考文献を見ていると、日本側の視点から書かれたもの、アメリカ側の視点から書かれたもの等々合わせて1巻につき20冊ほどの書名が並ぶ。作者の武田さんは現地にも行かれ、文献を読まれ、経験された方にも取材をされて作品を描かれている。「嘘を描くことはできないが、フィクションだから描けることもあるのではないか」という趣旨のお話しが巻末のコラムに書かれている。一方で「戦争を経験していない者が戦争を描いていいのだろうかとの葛藤は今でもある」ともおっしゃっている。
ペリリュー島の当時の写真、現在の映像、経験された方のインタビューを視聴する。

「変化を見続けることはその物事を肯定することにつながるのではないか」と考えてやってきたけどそれだけではダメなんだなあ。「変化したものに対して自分の行動を変えること」までがセットなんだ。本当に肯定したいのなら。
ペリリュー -楽園のゲルニカ-の読書体験(と、日々の諸々)からそんなことを思う。

朝、風にひんやりとした空気がまざる。
盆栽の欅の葉が2枚黄色く染まる。

デジカメの現像を勉強中。声をかけてカメラを向けると、あの人もこの人も素敵な笑顔を返してくれる。

8月7日
立秋

読みにきてくださりありがとうございます。
昨夏から「あれ、太平洋戦争のこと全然知らないな」と思い至り、知ることを始めました。どれもこれも当たり前ですが辛いもので、夏ごとのペースになっています。今年は展覧会なり本なり何かもうひとつ。
次回は8月23日 処暑の頃更新します。


ペリリュー-楽園のゲルニカ-作者の武田一義さんのnoteはこちら。一話お試しで読めます。


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