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Story × Songs: “The Quiet Shift” 第2章:”印刷所”

■ 第二章 ”印刷所” 

[ Family Affair ]
- Sly & The Family Stone -

ガーフィールド・プレイスから8thアヴェニューに入り、地下鉄グランド・アーミー・プラザ駅へ向かう。
このところの雨天でヘイズとスモークが立ち込めるなか、まもなく5月だというのに、誰もがウールのコートを羽織っている程に寒い朝だった。

朝の地下鉄はR線(Yellow Line)に乗りこむ。
ブルックリンから金融、行政、そしてノア・バーンズの職場、マンハッタン南部を走る。
F線(Orange Line)の様に多種多用な乗客の色はないが、朝に乗るならサラリーマン率の高いR線の方が良い。
誰もが互いに関心を持たず、黙々としていてるが、同じ時間の車両に乗るバーンズにとって、車内はいつもの顔ぶれだ。
規則正しい生活を送る人たちなのだろう。
今日の空模様の様な、何とも言えない灰色の空気が漂う車内だが、ある意味で不思議とリラックスも出来る。

ライン川を越えてマンハッタンに入り、シビックセンターを抜けて、キャナル・ストリート駅で下車する。
ラファイエット・ストリートから路地に入ると、ノア・バーンズの職場、”印刷所”がある。
外観は古びた倉庫そのもので、特に会社名は書いていないが、門には古びて良く読めなくなった文字で「Department of Records
Authorized Personnel Only(記録管理部 関係者以外立ち入り禁止)」とだけ書かれたプレートが貼り付いている。

エレンには「印刷会社で働いている」と話しているし、実際に印刷会社の
建付けではあるが、その実態はCIAの秘密部門「D.R.A.S(Document Reproduction & Analysis Section)」であり、その通称が”印刷所”だ。
”印刷所”の職務は、機密文書の集積、保管、管理、文書解析を行う。
全米はおろか、全世界から集まる文書は膨大で、現場では捌ききれない。
1つのプロジェクトが終われば、廃棄か保存かの判断となるが、実際問題クローズしてしまう案件なので、東西冷戦の真っただ中にあって、迂闊な真似は出来ないため、とりあえず全てが”印刷所”へ送られてしまう。
そんな状況なので、本当に機密文書と呼べるものは、大して存在しないと言われている。

それでも、文書と文書を重ね合わせた時に、有益な情報と成り得る可能性は十分にあるため、「カストロのカリスマ性を削ぐために洗顔クリームと偽って脱毛クリームを送りつけた」などという子供の悪戯レベルの文書も残されたままとなっている。

そういう部門なので、職員たちの士気はそれほど高くはない。
士気は高く無いのだけれども、曲がりなりにも機密文書である事に変わりはない為、職員たちは一応に高権限保持者となる。
バーンズの同僚たちは、軽口に「俺たちがその気になったら大変な騒ぎを起こせる」「文書の数十枚を持ち出せば大金持ちだ」と話したりもする。
しかし、実際にその様な馬鹿げた事を実行に移す者などいない。
東西冷戦の激化に加えて、ベトナム戦争の泥沼化で、米国政府を陥れる情報を欲しがるものは世界中で数知れない。
そんな危険な世界の中で、命をかけて情報戦に身を投じる覚悟がないから、このロウアー・マンハッタンで、ひっそりと書類整理の職務に就いている。
所詮は”その程度の者たち”が選ばれてこの印刷所に集まっている。

ノア・バーンズも、当然その中の一人だし、自分の状況には満足している。
けして高収入ではないが、エレンと2人で平穏に暮らしていくには、安定していて、危険な事など一切ない、最適の職場だとすら思っている。

オフィスへ着いて、コーヒーを一杯飲むとすぐに作業に入る。
同僚たちは昼までダラダラとしているが、ノア・バーンズはなるべく早く片付けて、一刻も早くエレンの待つアパートメントへ帰りたい。
仕事は、自分に割り振られた文書番号の文書をメール室から受け取り、管理台帳に文書管理番号と、内封された文書の概要メモを転記して、どのカテゴリに相当するかを記す事。
文書番号は記載された地域、セクション、プロジェクト順で構成されており、そこから”印刷所”の職員が文書の内容によってカテゴリ分けしてナンバーを附番していく。
バーンズは、仕事に真面目に取り組んでいるため、自然と担当する文書番号が増えている。
歩合制ではないため、別に管理する文書が増えたからといって給与が増える訳でもない。
それでも、バーンズは「これが仕事なのだから」と割り切って取り組んでいるし、この作業は全く苦にならないどころか得意ですらあった。
バーンズは数字を覚えるのが得意だし、自分では気づいていないが、バーンズには一度見ただけの物や文字、数字の絶妙な配列の規則性と、背景、紐づけが出来ていて、雑然とした管理番号と適当に書かれた概要のメモから、それらを瞬時に体系化出来る論理的な才能があった。

今日も数十枚の封書を受け取り、自分の作業スペース…
事務所のデスクとは別で、メール室と同じフロアで、1人あたり縦横5㎡の作業台が割当てられ、それぞれのスペースは仕切り板で区切られている。
職員はその作業台で封書と概要メモを確認し、カテゴリ分けして附番する。
カテゴリ分けし終えた機密文書は封書ごと、隣のフロアにある膨大なキャビネット群の中から所定の管理番号の引出しに格納する。
ノア・バーンズが作業に取り掛かろうとした、その時…

「おい、バーンズはいるかー!?」
上司のハロルド・ケインが作業場に入って来て大声をあげた。
「はい、ボス!バーンズです」と座ったばかりの椅子から立ち上がる。
「あぁ、バーンズ、俺の部屋に来い。今すぐだ!」
ハロルドは手招きして立ち去って行った。
「今すぐって…」
目の前には機密文書の封書が数十とある。
規則では持ち出した文書をそのままにして、絶対に席を立ってはいけない事になっている。
「ふっ、大丈夫だ。頼まれたって誰も見やしないよ」
隣で作業もせず新聞を読んでいた、ベテラン職員のリチャードがニヤニヤしながら、あごで「さっさと行った方が良い」と促している。

バーンズは少し迷ったが、文書類をそのままにして、ハロルドの部屋へ向かった。






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