それでも残る空白― 備えには、「作動条件」がある。―
前回、
私たちは地域を変え、
時間を変え、
暮らし方を変えながら、
救助につながるまでに存在する「壁」を見てきました。
都市部。
中山間・農村部。
一人暮らし。
家族との同居。
在宅介護。
介護施設。
昼間。
深夜。
同じ人でも、
同じ家でも、
その瞬間の状況によって、
壁の位置は変わります。
だから、
一つの備えを、
すべての人へ当てはめることはできません。
では、
それぞれの地域、
それぞれの家庭で、
すでに行われている「備え」を使えば、
その空白はなくなるのでしょうか。
今回は、
もう一度、
「備え」そのもの
を見てみたいと思います。
備えは、すでにたくさんある
自宅で何かが起きたときのために、
社会には、
すでにさまざまな備えがあります。
家族が持つ合鍵。
キーボックス。
スマートフォン。
緊急通報機器。
見守りサービス。
ホームセキュリティ。
地域で行われている見守り。
救急時に必要な情報を、
あらかじめまとめておく取り組み。
そして、
家族や近隣とのつながり。
新しいものばかりではありません。
昔から使われてきた方法もあります。
新しい技術を使ったものもあります。
その地域だからこそ、
機能しているものもあります。
私たちは、
それらに順位をつけたいわけではありません。
「これは良い」
「これはダメ」
と評価したいわけでもありません。
見たいのは、
もう少し別のところです。
その備えは、必要になった瞬間に作動するのか。
今回は、
この一つの物差しを使って、
いくつかの備えを見てみます。
CASE 1|家族が合鍵を持っている
例えば、
一人暮らしをしている人。
離れて暮らす家族に、
合鍵を預けています。
もしものとき、
家族が家へ入れるようにするためです。
これは、
立派な備えです。
では、
実際に何かが起きた場面を考えてみます。
本人と連絡が取れない。
異変に気付いた家族などから、
119番通報が行われた。
救急隊が到着する。
玄関は施錠されている。
そして、
合鍵は家族が持っている。
では、
その家族は、
今どこにいるでしょう。
近所かもしれません。
同じ市内かもしれません。
仕事中かもしれません。
県外かもしれません。
すぐに来られるかもしれない。
時間がかかるかもしれない。
つまり、
合鍵という備えには、
「鍵を持つ人が、そのとき利用できる場所にいる」
という条件があります。
合鍵が悪いのではありません。
家族の備えが足りないのでもありません。
ただ、
その備えが必要な瞬間に作動するためには、
条件がある。
ということです。
CASE 2|キーボックスがある
では、
住宅にキーボックスが設置されていたら、
どうでしょう。
中には、
家の鍵が入っています。
家族が遠くにいても、
鍵そのものは現場にあります。
先ほどとは、
景色が変わりました。
でも、
ここでも同じ物差しを当ててみます。
そのキーボックスがあることを、必要な人は知っているでしょうか。
そして、
必要なときに、それを利用するための方法へたどり着けるでしょうか。
例えば、
緊急時の連絡先として、
本人の携帯電話番号が表示されていたとします。
普段なら、
本人へ電話をして、
必要な確認ができるかもしれません。
では、
もし本人が、
室内で倒れていたら。
意識を失っていたら。
声を出せなかったら。
電話へ出られなかったら。
キーボックスは、
そこにあります。
鍵も、
その中にあります。
それでも、
使うために必要だった条件が、一つ成立しない。
すると、
「ある備え」が、
その瞬間には、
「使える備え」にならない可能性があります。

備えた人を責める話ではありません
ここは、
とても大切です。
キーボックスを置いた人は、
何も考えていなかったのでしょうか。
逆です。
何かあったときのことを考えたから、置いた。
家族へ鍵を預けた人も同じです。
スマートフォンを持つ人も、
見守りサービスを利用する人も、
地域で救急情報を準備している人も、
それぞれ、
未来の「もしも」を考えています。
だから、
私たちが探したいのは、
備えた人の間違いではありません。
見るべきなのは、
その備えが作動するために、何が必要なのか。
そこです。
CASE 3|スマートフォンがある
今では、
多くの人がスマートフォンを持っています。
何かあれば、
119番へ電話できる。
家族へ連絡できる。
端末や設定によっては、
さまざまな緊急機能を利用することもできます。
では、
スマートフォンを持っていれば、
救急要請までの問題はなくなるのでしょうか。
このシリーズの最初の景色へ、
少し戻ってみます。
一人、倒れる。
スマートフォンは、
すぐそばにある。
でも、
身体が動かない。
画面を操作できない。
声を出せない。
意識がない。
その場合、
スマートフォンという優れた備えがあっても、
本人の操作などを必要とする機能は、
使えないことがあります。
ここにも、
「本人がその機能を使える状態にある」
という作動条件があります。
もちろん、
本人による通常操作を必要としない機能や、
異変を検知する技術も存在します。
大切なのは、
どちらが優れているかではありません。
その備えは、何を条件として作動するのか。
そこを見ることです。
CASE 4|見守りやセキュリティにつながっている
では、
見守りサービスや、
ホームセキュリティなどにつながっていれば、
どうでしょう。
これも、
大切な社会資源です。
本人の操作によって、
外部へ異変を知らせるもの。
センサーなどによって、
異常を検知するもの。
家族などへ通知するもの。
サービスによって、
仕組みはさまざまです。
ここでも、
サービスそのものを評価するのではなく、
同じ物差しを当ててみます。
何を異変として検知するのか。
どのような条件で作動するのか。
誰へ情報が伝わるのか。
そして、
その先の行動へ、どのようにつながるのか。
異変を検知する。
誰かへ知らせる。
そして、
必要な支援へつながる。
その間にも、
それぞれの仕組みごとに、
必要な条件があります。
つまり、
「異変を見つける備え」にも、作動条件がある。
ということです。

CASE 5|救急情報を準備している
前回、
地域で行われている備えとして、
救急時に必要な情報を、
あらかじめまとめておく取り組みを見ました。
緊急連絡先。
かかりつけ医療機関。
既往歴。
服薬情報。
必要になる前に、
必要になるものを準備しておく。
これは、
とても合理的な備えです。
では、
その情報が、
救急時に必要な人へ届くためには、
何が必要でしょう。
その情報は、
どこにあるのか。
必要な人が、
その存在を知っているか。
必要な瞬間に、
見つけることができるか。
内容は、
現在の状態と合っているか。
つまり、
情報も、
「ある」だけでは作動しません。
必要な人が、
必要な瞬間に、
その存在へ気付き、
使える状態にある。
そこまでつながって、
初めて、
「備え」として機能します。


「ある」と「作動する」は、同じではない
ここまで、
いくつかの備えを見てきました。
合鍵がある。
キーボックスがある。
スマートフォンがある。
見守りやセキュリティがある。
救急情報がある。
どれも、
意味のある備えです。
そして、
どれも、
誰かが「もしも」を考えて、
用意したものです。
でも、
同じ物差しを当ててみると、
一つの共通点が見えてきます。
備えには、「作動条件」がある。
鍵を持つ人が、
必要な時間に利用できること。
備えの存在を、
必要な人が知っていること。
本人が、
必要な操作をできること。
異変が、
その仕組みの検知条件に当てはまること。
必要な情報へ、
必要な人がたどり着けること。
それぞれの備えには、
それぞれ違う作動条件があります。
作動条件は、一つとは限らない
さらに、
一つの備えに必要な条件が、
一つだけとは限りません。
本人が操作できる。
家族と連絡が取れる。
鍵を持つ人が利用できる。
備えの存在を知っている。
利用方法が分かる。
必要な情報が更新されている。
そして、
それらの条件は、
いつでも同じとは限りません。
前回見てきたように、
地域が変わる。
時間が変わる。
暮らし方が変わる。
支援環境が変わる。
すると、
備えを取り巻く条件も変わります。
昨日は作動した。
昼間なら作動した。
家族が近くにいたから作動した。
本人が話せたから作動した。
その条件が変わったとき、
同じ備えでも、
同じように作動するとは限りません。
作動しなければ、「備え」は届かない
ここで、
今回の記事で見たかった景色へ戻ります。
備えがない。
だから、
新しい備えを増やす。
それだけでは、
説明できない空白があります。
なぜなら、
備えは、すでにあるからです。
問題になるのは、
その備えが、
必要になった瞬間に、
作動する条件が成立しているか。
です。
備えが、
悪いわけではありません。
備えた人が、
間違っているわけでもありません。
使う人が、
努力していないわけでもありません。
それでも、
作動条件が成立しなければ、
その備えは、
必要としている人まで届かないことがあります。
作動しなければ、備えは意味をなさない。
少し厳しい言葉ですが、
救急という、
時間が命に関わる場面では、
避けて通れない視点だと思います。
だから、備えを増やし続けることが答えではない
作動しない可能性が一つ見つかる。
新しい備えを一つ増やす。
そこにも条件が見つかる。
さらに、
もう一つ追加する。
ルールを増やす。
確認項目を増やす。
管理するものを増やす。
それを繰り返せば、
「備え」は増えていきます。
でも同時に、
やらなければならないことも増えていきます。
私たちが目指したいのは、
そこではありません。
100の景色が見つかったから、
100の備えを置くのではない。
100の景色を見て、
その中に共通する構造を探す。
そして、
できるだけ少ない仕組みで、
できるだけ多くの空白を減らす。
前回の記事で考えた、
最小限の備えで、最大限の効果を。
という考え方は、
ここにもつながります。
では、それでも残った空白とは
地域を変えました。
時間を変えました。
暮らし方を変えました。
支援環境も変えてみました。
既存の備えも見ました。
そして今回、
その備えが作動するための条件を見ました。
すると、
一つの景色が見えてきます。
備えがないのではありません。
準備していないのでもありません。
必要なものは、
すでにそこにあるかもしれない。
それでも、
必要な瞬間に、
作動条件が成立しないことがある。
そこに、
「ある」と「作動する」の間の空白
があります。

備えを、備えとして機能させるには
ここまで来ると、
問いが少し変わります。
これまでは、
何を備えればいいのか。
を考えてきました。
でも、
次に考えるべきことは、
少し違うのかもしれません。
**すでにある備えを、
必要な瞬間に作動させるにはどうすればいいのか。**
新しい備えを、
もう一つ増やすのか。
それとも、
すでにある備えが、
必要な瞬間に機能するための、
「仕組み」
を考えるのか。
ここから先は、
私たち自身も、
答えから問題を探さないようにしたいと思います。
まず、
景色を見る。
既存の備えを見る。
作動条件を見る。
それでも残る空白を見る。
そして、
その空白に必要なものを考える。
順番を、逆にしない。
私たち自身にも、同じ物差しを。
自宅内遭難対策協会でも、
これまで、
さまざまな可能性を考えてきました。
でも、
私たちが何か新しい仕組みを考えるときにも、
既存の備えへ向けたものと、
同じ物差しを向けなければならないと思っています。
必要な瞬間に、本当に作動するのか。
使う人や地域が変わっても機能するのか。
安全性は守られるのか。
既存の備えと共存できるのか。
誰かの仕事を増やしすぎないか。
そして、
本当に、次の行動へつながるのか。
既存の備えだけを評価して、
自分たちの案だけを特別扱いする。
それでは、
景色から仕組みを考えたことにはなりません。
それでも残る空白
合鍵にも、
作動条件がありました。
キーボックスにも、
作動条件がありました。
スマートフォンにも、
作動条件がありました。
見守りにも、
救急情報にも、
それぞれ違う条件がありました。
では、
その条件のどれかが成立しなかった瞬間、
備えはどうなるのでしょう。
備えが、
「ない」のではありません。
備えが、「作動しない」。
私たちが見落としていた空白は、
そこにあるのかもしれません。
だから次は、
新しい備えを考える前に、
もう一つだけ、
問いを変えてみます。
備えを、備えとして機能させるには?
ここまで集めてきた景色から、
そのために必要な条件を、
一つずつ取り出してみたいと思います。
次回
景色を、仕組みに。
必要なものを、必要な瞬間に、必要な人へ。
これまで見てきた「景色」を、
次は、
社会実装の条件へ変えていきます。

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