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元保護犬フリコとの暮らし


うちの愛犬フラ子は保護団体から譲り受けた子。多頭飼育崩壊から来た子。

ひどい話しだが個人ブリーダーのおばあさんのお家で「収入源」を生み出す子だったようだ。

近親交配のせいか前歯は奇形。気管狭窄で咳が出やすい。後ろの左の脚が弱く、たまに脚をつかずに歩くこともある。

商品にはならないと交配係にまわされたと推察する。保護団体から助け出された時にはダニだらけだったと聞いた。お風呂にも入れてもらえず狭いゲージの中で生活していた。


その他に、うちに来てわかったことは

男の人がこわい。
くしゃみがこわい。
木や紙を食べる。
なんどもお産をしている。
6歳くらい。
犬歯もが欠けていて、ない歯もたくさんある。
歯石がいっぱいで歯肉炎がひどい。
舌の先を少し噛み切っている。

こういった多頭飼育はまだまだ水面下で多くとてもひどいものらしい。
あんな状態でもうちのフラ子はまだいい方だとも聞く。


わたしは、もともと捨て犬をひろってくる子どもだった。  
育つ環境の中で犬のDNAが細胞のどこかに染み込んでいるわたし。  
次にワンコを家族に迎える時には保護犬でと思っていた。

15歳で2年の介護生活ののち他界した我が家の犬の長女。  思えばあの子も家庭交配で売られた後に虐待され返品され、食が細くてなかなか大きくならないという理由で知り合いブリーダーから我が家に来た子だった。

心の穴が埋まってから次の子を迎えようなんて思っていたら、もう13年の月日が経っていた。  

うちの元保護犬のフリコは自慢の娘。
抱っこするすべての人を癒す力を持っている。おだやかな性格。
猫みたいなところのある犬。
外でちゃんと社交的なご挨拶が出来る。
トイレも失敗が少ない。
いつも人の痛みに寄り添うようにしている。


フリコと出会ったのは保護団体の開催する譲渡会というイベント。
これは保護団体が飼い主を探すために行われている。レスキューされた子たちが余生を安心して暮らせるように、また同じ間違いに巻き込まれないように、最後のその時まで幸せな犬生を共に歩める人にと先着順ではないし、家庭環境調査書の記入や家庭訪問も義務付けられていて慎重に選ばれるらしい。

そういうところに一般の人を装って安価で仕入れに来る業者もいるそうで、本当にペット業界の闇の深さを感じる。また、個人交流サイトを利用してこういう業者が普通の人を装って里親申込を通じて仕入れをするケースもあるようなので本当に気をつけたい。

最初、わたしは保護団体のサイトに亡くなった子の面影があった子がいて、事前の問い合わせから譲渡会を知った。
その日は大学生で離れて暮らす息子以外の家族ではじめて参加してみた。

みぞれ雪の降る北海道の1月の比較的暖かい日だった。会場でボランティアさんたちに見守られながら、オープンなゲージの中で行ったり来たりする数匹のワンコたち。それを覗き込む譲渡会に参加した人々。

背の高い中年の男の人がポメラニアンを片手で逆さに持っている横で申込書のようなものを書く女の人。あの男の人は本当に犬が好きなのだろうかなどと思いながら問い合わせしたワンコのところへ。

わたしは亡くなったあの子に面影があるワンコを抱っこして、すっかり幸せな気持ちになっていたが、夫と娘は背の高い人の片手逆さ持ちからようやく解放されたポメラニアンが気になっていたようだった。

「What about that FLuFFY(フラッフィ)?」(あのフワフワの子は?)
「もう決まっているんじゃない?」などと話していたら

そのフワフワちゃんの担当らしき女の人が「まだ大丈夫ですよ」と連れて来てくれた。

そのフワフワちゃんを抱っこさせてもらったら、とてもとても不思議なのだが、わたしの見えない胸の中にあったと思われる穴が、ぴったりふんわり埋まった感じがした。

この穴はずっとずっと空いていて何の穴かわからなかった穴。
その充足感は自宅に帰っても続いた。


娘のたってのお願いも手伝って、その日私たちは、このFLuFFYを申し込んだのだけど翌日の団体からのお返事は「この子はお申し込みが多くご希望に添えなかったら申し訳ありません」だった。

あの子にうちに来てもらえたらいいけれど、もしかしたらあの子がもっとずっと幸せになれるお家があるんじゃないか?私たちのお家よりも。

そう思って家族で話し合って数日後にやっぱり申し込みを取り下げることにした。他に申し込みもなく、まだお家を探している子がいるのに、あの子ひとりを他の人と競争してまで、という一旦リセットしようという気持ちだった。

娘にもよく言い含めてすっかり気持ちを切り替えて10日くらいたった頃、
「もしよかったらお宅に伺ってお話をさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」と保護団体の代表さんから連絡があった。

心に歓びの鐘が鳴り響いた感じがした。うれし泣きしながら二つ返事でお受けしてトライアルという慣らし期間を経て正式譲渡となって私がこれを書いている足元でフラ子(フラッフィと呼ばずにフラ子とかフリコとか呼んでいる)がいびきをかいて寝ている今に繋がる。

名前は最初に夫が呼んだ名前のままFLuFFY ( フラッフィ )。
もうあの日から早くも1年が経とうとしている。

人間と同じくらい犬も性格が違う。フラ子みたいないい子ばかりではないかもしれない。ケージの中で何年も光を見ずに糞尿まみれだった時の癖、食べ物以外のものを食べてしまうこともある。無理な交配のたびに殴られて人間不信、目が見えない、下半身不随、突然死いろいろリスクはあると思う。

同じ人間がしたことを心で詫びながらも、今の自分ができることを歓びながらこの小さな生命たちに感謝しながらしていきたい。何より同じ生き物としてわたしは犬との共生をしたい。

最初は保護犬、不幸な犬をなくしたいなんていう気持ちもあった。でも今は違う。思い上がったわたしの気持ちを優しく受容してくれたフリコ。癒されているのはわたしの方だ。あんなにひどい目にあったのに献身的に見返りを求めない愛情をくれるフリコ。わたしの人生の先生みたいだ。

わたしの胸に長いことぽっかりと空いていた穴は、犬がわたしの人生にいなくなった穴だった。

これからも一緒にいびきをかいて美味しいもの食べて、楽しく生きていこうね、フフリコ。



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