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草間彌生さんが亡くなったと聞いて、いろいろなことを思い出した

草間彌生さんが亡くなった。

ニュースを見た瞬間、少し変な感じがした。

「亡くなった」という事実よりも先に、草間彌生さんの作品を見たときの記憶が、いくつも頭の中に浮かんできたからだ。

あの水玉。

あの南瓜。

あの、どこまでも続いていくような鏡の空間。

正直に言えば、私は美術に詳しいわけではない。

草間彌生さんが何年にどんな作品を発表したとか、ニューヨーク時代に何をしていたとか、そういうことをきちんと説明できるわけでもない。

それでも、作品は知っている。

そして、なぜか忘れない。

たぶん、そこが草間彌生さんのすごさなのだと思う。

美術館に行ったとき。

街で広告を見かけたとき。

テレビで特集をやっていたとき。

あるいは、誰かがSNSに載せていた一枚の写真。

「あ、草間彌生だ」

それだけで分かる。

これは考えてみると、とてもすごいことだ。

普通なら、芸術家の名前と作品を一致させるには、それなりの知識が必要になる。

でも草間彌生さんは違った。

水玉を見れば分かる。

南瓜を見れば分かる。

あの強烈な世界を見れば、説明なんかなくても「あの人だ」と分かる。

私はそういうものに、昔から少し惹かれていたのだと思う。

誰かに評価されるために作っているというより、自分の中にあるものを、どうしても外に出さずにはいられない。

そんな感じがするからだ。

もちろん、実際の草間さんがどんな人だったのかを、私は知らない。

だから勝手な想像なのだけれど、長い人生の中で、世の中に合わせることより、自分の世界を守ることのほうが大事だった人なのではないかと思う。

それは簡単なことではない。

人と違えば、「変わっている」と言われる。

理解されなければ、「分からない」と言われる。

それでも、自分が見えているものを描き続ける。

水玉を描き続ける。

網目を描き続ける。

南瓜を作り続ける。

そして気がつけば、その「変わっているもの」が、世界中の人に知られるようになっていた。

人生って、分からないものだなと思う。

若い頃の自分が見ていた世界と、何十年後かに見える世界は、きっとまったく違う。

草間彌生さんは97歳まで生きた。

しかも、亡くなる直前まで絵筆を手放さなかったという。

それを知って、少し胸に残った。

97歳になっても、まだ描きたいものがある。

まだ作りたいものがある。

まだ自分の中に、外へ出したいものがある。

それは、ものすごく強いことだと思う。

私は草間彌生さんの人生を語れるほど、彼女のことを知っているわけではない。

でも、作品を見たときに感じた「なんだこれは」という驚きは覚えている。

そして、その驚きは、たぶんこれからも消えない。

今日、草間彌生さんが亡くなったというニュースを見て、過去のいろいろな場面を思い出した。

「あのとき見たな」

「そういえば、あれも草間彌生だったな」

そんな小さな記憶が、ぽつぽつと出てくる。

人が亡くなるというのは、不思議なものだ。

その人がいなくなって初めて、自分の人生の中に、その人の作品や言葉が思っていた以上に入り込んでいたことに気づく。

草間彌生さんは、もう新しい作品を作ることはない。

でも、水玉は残る。

南瓜も残る。

鏡の中に広がる、あの無限の世界も残る。

そしてたぶん、これから何年経っても、どこかで水玉を見かけたときに、

「ああ、草間彌生だ」

と思う人がいる。

私も、その一人でいたい。

長い人生を生きて、最後まで自分の世界を描き続けた。

それだけでも、すごい人生だったのだと思う。

草間彌生さん。

たくさんの「なんだこれは」を、ありがとうございました。

そして、私の中にも残っているいくつもの記憶を、ありがとうございました。

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