七色のポエジー(書きとめておきたい古今東西の詩句)
第423回 我等は行進曲(マーチ)風に歌へ(小熊秀雄)
我々は今日の問題について今日の言葉をもつて歌ふのだ。
若いプロレタリア詩人よ、我々は彼等のやうに言葉に対して宿命論者であるな、彼等は千万年もドモれ、
我等は日本語に良きリズムの花を咲かせよ
我等はすべて行進曲(マーチ)風に歌へ。
昭和初期のプロレタリア詩人、小熊秀雄(おぐま ひでお、1901~1940)の「我等は行進曲(マーチ)風に歌へ」の結末部。小熊は<日本語の韻律にはリズムがない>と言う詩人を徹底的に攻撃する。そして、歌うことへの情熱が言葉のリズムを生むのだと叫ぶ。
小熊は北海道小樽で生まれ、稚内、秋田、樺太で幼少期を過ごす。20歳過ぎから旭川新聞社で記者として採用される。その頃から詩作を始めた。27歳で上京し、出版社などで勤務しながら雑誌に詩や童話を発表した。1935年に『小熊秀雄詩集』と『飛ぶ橇(そり)』を相次いで刊行し、世評を高めた。
この直前、政府の弾圧によってプロレタリア文学は大打撃を受けていた。ほとんどのプロレタリア詩人が沈黙するなかで、小熊は勇敢に前進ラッパを吹き鳴らした。
