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焚き火を通して、人間同士の関わりを見つめ直す

8月は、本当にありがたいことに、たくさんのお客様にみどりの村へ来ていただきました。

体力の限界だなと思うところまで、忙しく働かせていただきました。

その最中は、とにかく目の前のお客様を迎えることに必死で、自分が何を感じていたのかまで考える余裕はありませんでした。

でも今、こうして一つひとつの出来事を思い返しながら文章にしてみると、なぜだか込み上げてくるものがありました。

自分は、なぜこの仕事をしているのか。

その答えの一つが、焚き火の時間の中にあるんだと思います。

初めての家族キャンプ

先日、あるご家族が宿泊に来てくださいました。

幼稚園の妹さんと、小学1年生のお兄ちゃん、お父さん、お母さん。

「家族で初めてキャンプをしてみたい。でも、いきなり自分たちでテントを張るのはハードルが高いので、今回はこの宿を選びました」

そう話してくださいました。

モンゴルのゲルに泊まりながら、外遊びを楽しむ。

寝る場所は用意されているので、キャンプが初めてでも挑戦しやすい。キャンプの大変なところを最初から全部やるのではなく、まずは楽しいところからやってみる。

みどりの村は、初めてのキャンプにちょうどいい場所なのかもしれません。

このご家族にも、焚き火の火起こしを説明しました。

最初は、お父さんがやろうとしていました。

でも、マッチのつけ方や薪の組み方を順番に説明していると、それを聞いていたお兄ちゃんが少しずつ前に出てきました。

「自分には何ができるかな」

言葉にしていたわけではありませんが、そんなふうにワクワクしながらこちらを見ているように感じました。

その姿を見たお父さんも、

「じゃあ、やってみるか」

と、子どもに任せてくれました。

マッチを擦り、火をつけて、薪へと火を移していく。

もちろん、最初から全部うまくできるわけではありません。

それでも、自分の手で火をつけられたときのお兄ちゃんの満足そうな表情。それを見て喜ぶ、お父さんとお母さんの表情。

あの瞬間、家族みんなが本当にいい顔をしていました。

全部やってあげない

火起こしをお手伝いするときに大切にしているのは、どこまでこちらがやるかということです。

お客様によって、

「自分たちでやってみたい」

と思うタイミングも、

「ここまでは手伝ってほしい」

と感じるところも違います。

こちらの声のかけ方と、お客様が前のめりになるタイミングがパチンと合うと、誰にも無理がなく、みんなが笑顔になります。

最初からこちらですべて完成させてしまえば、失敗することはありません。

炭に完全に火をつけて、網を載せて、

「もう、あとは焼くだけですよ」

という状態でお渡しすることもできます。

それは確かに親切です。

でも、それでは少しもったいない気がするのです。

子どもが挑戦できそうか。

そして、お父さんが安全を守りながら、子どもと一緒に火を育てられる状態になっているか。

その両方を確認して、「もう大丈夫そうだな」と思ったところで、僕はその場を離れます。

何の不安もない状態まで完成させるのではなく、少しだけ不安が残っているくらいが、実はちょうどいいのかもしれません。

火が弱くなったら、どうしよう。

薪は、どこに置いたらいいんだろう。

次は、自分がやってみたい。

少し思いどおりにならないからこそ、家族の中に会話が生まれます。

誰かが挑戦して、誰かがそれを見守る時間が生まれます。

もちろん、火を扱うので安全な状態になっているかはしっかり確認します。

そのうえで、

「何か困ったことがあったら、いつでもご連絡ください」

と一声かけて、家族に火を預け、その場を離れます。

そのあと、あのご家族はどんなふうに火を育てたのだろう。

お兄ちゃんは、また何かに挑戦しただろうか。

お父さんは手を出したくなる気持ちを少し我慢して、見守ったのだろうか。

実際に何が起きたのか、僕には分かりません。

でも、その先で家族がどんな挑戦をして、どんな時間を過ごしたのかを想像する。

その楽しみを、僕も持ち帰っています。

ここには、火しかない

仲間と焚き火を囲んでいるときにも、不思議なことが起こります。

居酒屋には、おいしい料理やお酒があります。

カラオケに行けば、誰かが歌っています。

パソコンや黒板が中心にあれば、そこにある情報をみんなで見ます。

でも、焚き火の前には、火しかありません。

マシュマロを串に刺して焼く。

薪が崩れたら、誰かが直す。

火が弱くなったら、誰かが薪を足す。

そして、みんなが同じ火に向かって、円になって座ります。

焚き火を囲んで話していると、誰かが自分のことを話し始めます。

それを聞いているうちに、誰から「次はお前」と言われたわけでもないのに、

「実は俺にも、こんなことがあってね」

と、話したくなってしまう。

なぜなのか、うまく説明はできません。

でも、普通の居酒屋や飲み会よりも、お互いの距離が縮まっているように感じるのです。

普段、人と向かい合っていると、何か話さなければいけないような気持ちになります。

沈黙が続けば少し気まずくなる。相手の表情や反応を見ながら、言葉を選ぶこともあります。

でも、焚き火の前では、ずっと相手を見ている必要がありません。

みんなが火を見ています。

黙っていても、「一緒に火を見ている」という時間がある。

周囲が暗いので、相手の表情もはっきりとは見えません。

だからこそ、自分が思っていることを、少しだけ素直に言えるのかもしれません。

焚き火は、みんなの意識を一つの場所に集めます。

でも、みんなが同じことを考える必要はありません。

同じ火を見ながら、それぞれが違うことを考えている。

そこから誰かの言葉がぽつりと出てくる。その言葉をきっかけに、別の誰かの中にあった言葉も出てくる。

焚き火は会話を無理に盛り上げるものではなく、話さなくてもいい時間をつくってくれるものなのだと思います。

話さなくてもいいからこそ、自然と言葉が出てくる。

ここには、火しかない。

だからこそ、人の話が聞こえてくるのかもしれません。

少し思いどおりにならないものを、一緒に育てる

焚き火には、いろいろな人をつなげる力があります。

家族で囲めば、子どもの「やってみたい」という気持ちを、大人が見つける時間になる。

仲間と囲めば、普段は話さないようなことを話してみたくなる。

初対面の人同士でも、同じ火を囲めば、無理に向き合うことなく同じ時間を過ごせます。

火は、最初から思いどおりにはなりません。

なかなかつかない。

煙が自分の方へ来る。

ついたと思ったら、また弱くなる。

だから、

「ああでもない、こうでもない」

と言いながら、みんなで手を動かします。

焚き火が人をつなぐのは、暖かいから、きれいだから、それだけではないのかもしれません。

少し思いどおりにならないものを、誰かと一緒に育てるから。

そして火が安定したら、あとはぼーっと眺める。

そんな時間が、普段の生活の中にどれくらいあるでしょうか。

何かをしなくてもいい。

誰かと話さなくてもいい。

それでも、同じ時間を過ごしている。

焚き火は、人と人との関係を劇的に変えるものではありません。

ただ、子どもに任せてみようと思えたり、自分のことを少し話してみようと思えたりする。

人と人との関係が、ほんの少し動き出すきっかけをつくってくれるのだと思います。

僕がこの仕事を続ける理由

8月は、本当に忙しい毎日でした。

大変なことは、もちろんあります。

きっと僕だけではなく、みんながそれぞれに、いろいろなものを抱えながら働いているのだと思います。

それでも、自分たちが提供したサービスの先で、お客様の笑顔を見ることができる。

子どもが初めて火をつけたときの、満足そうな表情。

それを見守る、お父さんとお母さんのうれしそうな表情。

仲間同士で火を囲み、いつの間にか普段より少し深い話をしている姿。

そういう瞬間に出会えることが、僕自身のエネルギーの源になっていたのだと、文章にしてみて初めて気づきました。

僕は安全を確認して、お客様に火を預け、その場を離れます。

そのあと、家族や仲間がどんなふうに火を育て、どんな話をしたのか。

そのすべてを見ることはできません。

でも、その続きを想像する楽しみを、僕も持ち帰ることができる。

みどりの村で提供したいのは、すべてが完成された体験ではありません。

安心して挑戦できること。

誰かの挑戦を、近くで見守れること。

話してもいいし、話さなくてもいいこと。

少し思いどおりにならない時間を、誰かと一緒に楽しめること。

焚き火を通して、人間同士の関わり方を、もう一度見つめてみる。

そんな時間を、これからもみどりの村でつくっていきたいと思います。

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