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「ONE LOVE」だけでは語れないラスタの話

ヤーマン通信 vol.11


ヤマダ「仙人、こないだ横浜の古着屋で『ONE LOVE』のTシャツ買ったっす。ラスタって、平和、愛、マリファナ、みたいなイメージあるじゃないっすか。世界一ピースな人たちって感じっすよね」

仙人「ふぉっふぉっ。それは間違いではない。ボブ・マーリーの顔を見ながら『ONE LOVE!』と言えば、たしかに気持ちはやさしくなる」

「ですよね?」

「じゃがのう、ヤマダよ。そのイメージだけでラスタを語ると、かなり大事な部分を見落とすことになる」

「えっ、違うんすか?」

「ラスタは反体制の運動として生まれた。これは本当じゃ。だが同時に、ジャマイカの政治やゲットーの現実とも深く結びついていった」

「政治とゲットーっすか?」

「そうじゃ。ボブ・マーリーは政治抗争の中で撃たれた。それでも平和を歌い、敵同士の政治家の手をステージで握らせた」

「それ、すごい話っすね……」

「じゃが、ラスタの歴史はそこで終わらん。時代が進むと、“ワン・ラブ”だけでは語れない、もっと荒っぽい顔も見えてくるんじゃ」

「荒っぽい顔?」

「その話は後でゆっくりする。今日はの、ラスタの綺麗なところと、ちょっとヤバいところを、まとめて覗いてみようかのう」



👑 すべての始まりーーアフリカを見よ

「ラスタファリズムの話をするには、まず当時のジャマイカの空気から見なきゃならん」

「いきなり歴史っすね」

「うむ。当時のジャマイカでは、奴隷制が終わったあとも、黒人たちは貧困と差別の中で生きていた。白人中心の社会の中で、自分たちの歴史も誇りも奪われていたんじゃ」

「きつい時代っすね……」

「そんな時代に現れたのが、マーカス・ガーヴェイじゃ」

「誰っすか?」

「ジャマイカ生まれの黒人活動家じゃ。黒人よ、自分たちのルーツであるアフリカに目を向けよ。黒人としての誇りを取り戻せ、と訴えた人物じゃな」

「いわゆる黒人解放運動の人っすね」

「そうじゃ。ガーヴェイの思想は、貧しい黒人たちの中でも、特にアフリカに救いを求めていた人々に強く響いた」

「それがラスタにつながるんすか?」

「つながるんじゃ。その流れの中で、こんな言葉が“ガーヴェイの予言”として広まっていく」

「どんな言葉っすか?」

「“アフリカを見よ。黒い王が戴冠するとき、解放の日は近い”」

「めちゃくちゃ予言っぽいっすね」

「そうじゃろう。じゃが、ここは注意が必要じゃ。この言葉がガーヴェイ本人の正確な発言だったかどうかは、はっきりしない部分もある」

「えっ、そうなんすか?」

「そうじゃ。しかも、ガーヴェイが“この人物が神になるぞ”と名指しで予言したわけでもない」

「じゃあ、もっと大きなメッセージだったんすね」

「その通りじゃ。“アフリカに目を向けよ”“黒人として誇りを持て”という思想の中で受け取られた言葉なんじゃ」

「普通のジャマイカ人みんなが信じたわけじゃない?」

「そうじゃ。ジャマイカ人全体が“黒い王が来るぞ”と信じたわけではない。特に強く受け取ったのは、ガーヴェイ思想に影響され、アフリカに救いを見ていた一部の人々じゃ」

「だから最初は、ラスタ界隈で強く信じられていった感じなんすね」

「その通りじゃ。彼らにとって“アフリカに黒い王が現れる”という言葉は、ただのスローガンではなかった。白人中心の社会で下に見られていた人々にとって、それは救いの約束のように響いたんじゃ」

「なるほど……」

「そして1930年。その言葉が、本当に現実になったように見える出来事が起きる」


ハイレ・セラシエ1世

「1930年、アフリカのエチオピアで、一人の男が皇帝に即位した」

「それがラスタの神様っすか?」

「そうじゃ。もともとの名を、ラス・タファリ・マコネン。即位後の名前が、ハイレ・セラシエ1世じゃ」

「ラス・タファリ……あ、ラスタファリってそこから来てるんすね」

「そうじゃ。ラス・タファリという名前が、ラスタファリズムの語源になっとる」

「へぇー!」

「ハイレ・セラシエは、エチオピア皇帝として“王の中の王”“ユダ族の獅子”といった聖書的な称号を持っていた」

「ユダ族の獅子……響きが強いっすね」

「ジャマイカの貧しい黒人たちの中でも、ガーヴェイ思想に強く影響された人々は、これをただの海外ニュースとして見なかった」

「どう見たんすか?」

「ガーヴェイの予言が成就した、と見たんじゃ」

「アフリカに黒い王が現れた!」

「そうじゃ。しかも、その王は聖書に出てくるような称号を持っていた。聖書を独自に読み込んでいた人々にとって、これは偶然ではなく、神のサインに見えた」

「ニュースじゃなくて、啓示に見えたんすね」

「その通りじゃ。ガーヴェイの言葉、アフリカへの憧れ、聖書のイメージ、そして黒人としての誇り。それらが一気につながった瞬間に、ハイレ・セラシエはただの皇帝ではなく、“救い主”になったんじゃ」

「でも仙人、セラシエ本人は、自分が神様にされてるって知ってたんすか?」

「知ってはいた。だが、本人は自分を神だとは考えておらん」

「えっ、本人は違うんすか?」

「セラシエ本人は、エチオピア正教の敬虔なクリスチャンじゃ。自分が神だとは思っていなかった」

「本人が“いや、違います”って言っても、信じる人たちは信じ続けたんすか?」

「そうじゃ。ここがラスタの面白いところじゃ」

「神様にされた本人が、自分は神じゃないって言ってるのに?」

「そうじゃ。セラシエ本人は敬虔なキリスト教徒で、自分を神とは考えていなかった。じゃが、ジャマイカのラスタたちは、彼の中に“アフリカの王”と“聖書のしるし”を見た」

「つまり、本人の自己認識より、受け取った側の信仰が強かったんすね」

「その通りじゃ。ラスタは、セラシエ本人の自己紹介から生まれたものではない。苦しい現実の中で、彼に救いを見た人々の信仰から生まれたんじゃ」


🌿 ラスタは宗教?思想?それとも生き方?

「仙人、そもそもラスタって宗教なんすか?思想なんすか?」

「そこが難しいんじゃ。一般には“宗教”として紹介されることも多い。実際、神、聖書、祈り、儀式もある。じゃが、教会や本部があって、決まった教義を全員が守るような制度宗教とはかなり違う」

「じゃあ、思想っすか?」

「思想でもある。信仰でもある。生き方でもある。黒人解放運動でもある」

「全部っすね」

「そうじゃ。ラスタは、アフリカへの誇り、バビロンへの反発、聖書の独自解釈、自然な食事、ドレッド、ガンジャ、レゲエのメッセージまで含めた、生き方そのものの思想運動に近い」

「バビロンって、権力とか白人中心社会とか、そういう意味っすよね」

「そうじゃ。ラスタにとってバビロンとは、自分たちを押さえつける体制や価値観のことじゃ」

「なるほど。だから見た目や生活にも出るんすね」

「その通りじゃ」


🌿 ドレッド、マリファナ、アイタル

「ラスタって、見た目や生活もかなり独特っすよね」

「そうじゃ。ラスタは、ただ頭の中で信じるだけのものではない。生き方そのものに表れる」

「やっぱりドレッドっすか?」

「まずそこじゃな。ドレッドロックスは、単なる髪型ではない。旧約聖書の“ナジル人の誓い”に由来するとされる考え方がある」

「ナジル人?」

「神に身を捧げる者は、頭にかみそりを当てず、髪を伸ばし続ける、という考え方じゃ」

「つまり、髪を切らないってことっすか?」

「そうじゃな。正確には、“刃物を頭に当てない”“髪や髭を自然のままに伸ばす”という感覚に近い。さらに、身体を傷つけない、自然のままに保つ、という考え方とも結びついとる」

「ドレッドって、オシャレじゃなくて信仰なんすね」

「本来はそうじゃ。もちろん、すべてのラスタが同じように実践するわけではない。じゃが、ドレッドはラスタにとって、自分の身体をバビロンに従わせない、目に見える信仰のしるしでもあるんじゃ」

「他にも教えってあるんすか?」

「アイタル・フードという考え方もある」

「アイタル?」

「体に入れるものを清らかに保つ、という思想じゃ。加工食品を避けたり、自然に近い食事を好んだりする。肉や塩を避ける人もいる」

「健康志向っぽいっすね」

「健康というより、身体を自然と神に近い状態に保つ感覚じゃな」

「マリファナはどうなんすか?」

「マリファナも重要じゃ。ラスタにとってマリファナは、ただの娯楽ではない。瞑想や祈り、仲間との語らいの中で使われる“聖なる草”として扱われる」

「ただハイになるためじゃないんすね」

「本来はそうじゃ。もっとも、これも人によって実践や解釈は違う。ラスタには中央教団がないからのう」

「つまり、ドレッドも、食事も、マリファナも、全部“生き方”の話なんすね」

「その通りじゃ。ラスタとは、日曜日だけ祈る宗教ではない。髪も、食べ物も、言葉も、音楽も、体の使い方も、全部が信仰になっていくんじゃ」


🔥 ラスタは最初、危険視されていた

「でも仙人、そんなラスタって、当時のジャマイカでは受け入れられてたんすか?」

「いや、まったくじゃ。最初のラスタは、社会からかなり危険視されていた」

「そんなに?」

「ドレッド、マリファナ、独自の聖書解釈、白人中心社会への反発。植民地時代の価値観を引きずるジャマイカ社会から見れば、ラスタは“危ない連中”に見えたんじゃ」

「まあ、当時の普通の人からしたら怖かったかもっすね」

「実際、警察からも激しく弾圧された。1960年代には、ラスタと警察の衝突をきっかけに、多くのラスタが拘束され、暴力を受けた事件もある」

「それは反体制にもなるっすね」

「そうじゃ。ラスタは“おしゃれなスピリチュアル文化”ではないぞッ」

「今だとファッションっぽく見えることもありますけどね」

「じゃが、始まりはもっと切実じゃ。ラスタは、社会の底辺から生まれた、怒りと誇りの運動だったんじゃ」


🗳️ 反体制だったラスタのはずが…

「でも仙人、そこからどうやって政治家と絡むんすか?」

「大きなきっかけのひとつが、1966年じゃ」

「何があったんすか?」

「ハイレ・セラシエ本人が、ジャマイカを訪問した」

「え?とうとう神様がジャマイカに来ちゃったんすね」

「ラスタからすれば、まさに神の来島じゃ。空港には大勢のラスタが集まり、ジャマイカ中が大騒ぎになった」

「それでラスタの存在感が上がった?」

「そうじゃ。それまで危険視されていたラスタが、無視できない存在になっていく」

「急に社会が認め始めたんすか?」

「認めたというより、利用価値に気づいた者たちがいたんじゃ」

「うわ、急に生々しいっすね」

「当時の政治家たちじゃ。ラスタを敵に回すより、取り込んだ方が票になる。そう考える者が出てきた」

「反体制なのに、政治に使われるんすか?」

「そうじゃ。1970年代、人民国家党、PNPのマイケル・マンリーは、ラスタ的な言葉や象徴をうまく使った」

「PNPって何すか?」

「人民国家党、People’s National Partyの略じゃ。ざっくり言えば、マイケル・マンリーが率いた左寄りの政党じゃな。貧しい層や社会改革を重視し、当時はキューバ寄りとも見られていた」

「じゃあ、相手側もいたんすよね?」

「もちろんじゃ。もう一方がJLP、ジャマイカ労働党。エドワード・シアガが率いた保守寄りアメリカ寄りと見られていた政党じゃ」

「ジャマイカの中の選挙なのに、冷戦っぽいっすね」

「その通りじゃ。だから1970年代のジャマイカ政治は、ただの国内政党争いでは済まなかった。ゲットーの不満、ギャングの武装化、そしてアメリカやキューバの影まで絡んでいったんじゃ」

「そこで、ラスタが利用されていくんすね」

「そうじゃ」

「たとえば?」

「マンリーは、セラシエから贈られたとされる“矯正の杖”を掲げ、貧しい若者たちに語りかけた。ラスタの言葉、アフリカ回帰の空気、ゲットーの不満。そういうものを政治の力に変えようとしたんじゃ」

「それって、ラスタの政治利用じゃないっすか」

「そうとも言える。反体制だったはずのラスタは、いつのまにか政治家の道具にもなっていった」

「皮肉っすね」

「これがラスタの二つ目のねじれじゃ」


🔫ボブ・マーリー銃撃

「仙人、ボブ・マーリーって、愛と平和の象徴みたいに語られてるじゃないっすか」

「そうじゃな。世界中の人が、ボブの顔を見ると“ONE LOVE”を思い浮かべる」

「白いTシャツにボブの顔、緑・黄・赤の文字。もう平和のアイコンっす」

「じゃがのう、ボブ・マーリーを“ただの平和の人”として見ると、少し綺麗にしすぎなんじゃ」

「えっ、違うんすか?」

「ボブは平和を歌った。これは間違いない。じゃが同時に、ジャマイカの政治抗争のど真ん中に立たされた男でもある」

「ど真ん中?」

「今話したPNPとJLPの対立じゃ。1970年代のジャマイカでは、政党の対立が街のギャングと絡み合っていた」

「政治とギャングがくっついてたんすね」

「そうじゃ。そんな中、ボブは1976年に“スマイル・ジャマイカ”という無料コンサートを開くことになった」

「平和を呼びかけるイベントっすね」

「そうじゃ。表向きは政治暴力を鎮めるための平和コンサートじゃった。だが、この企画にはPNP政権の文化省が関わっていた」

「政府主催っぽかったんすね」

「そうじゃ。ボブ本人は中立のつもりで、政治色を薄めようとしていた。じゃが首相のマンリーが選挙日程をコンサート直後に前倒ししたことで、JLP側からは“PNPの選挙イベント”のように見えてしまったんじゃ」

「それで、ボブがPNP寄りに見られたんすね」

「その通りじゃ。そして本番の2日前、ボブの自宅に武装した男たちが押し入った」

「えっ……」

「ボブも、妻のリタも、マネージャーも撃たれた」

「マジっすか……」

「幸い全員一命をとりとめたが、これはただの強盗ではない。政治的な背景があったと広く見られている」

「犯人は誰だったんすか?」

諸説ある。JLP側のガンマンが関わったという説、海外勢力の影を指摘する証言もある。ただし、誰がどこまで命じたのか、公式に完全決着した話ではない」

「そこは断定しすぎない方がいいんすね」

「そうじゃ。ここで大事なのは、ボブが“平和な世界にいた人”ではなかったということじゃ」

「暴力の中にいたんすね」

「そうじゃ。ボブは暴力の真ん中にいた。そのうえで、平和を歌った」

「平和な人だから平和を歌ったんじゃなくて、暴力の中にいたから平和を歌った」

「ヤマダ、ええこと言うのう」

「たまには言うっす」

「それにのう、ボブは私生活まで聖人だったわけではない」

「え、そうなんすか?」

「子どもは11人いる。その中には、妻リタ以外の女性との間に生まれた子もいる」

「急に人間っぽいっすね……」

「そうじゃ。ボブは神様ではない。矛盾も、欲も、弱さもある、一人の人間じゃった」

「でも、だからこそ歌が届くんすかね」

「まさにそこじゃ。完璧な聖人が“ONE LOVE”と歌ったのではない。政治に巻き込まれ、撃たれ、私生活にも矛盾を抱えた人間が、それでも“ひとつになろう”と歌った。そこに重みがあるんじゃ」


☮️ そして伝説へ

「で、撃たれた後、ボブはどうしたんすか?」

「撃たれた2日後、ステージに立った」

「えっ」

「本当は1曲だけの予定だったとも言われる。だが、ボブはステージに立ち、歌い続けた」

「それは伝説になるっすね……」

「ボブ・マーリーが、ただのミュージシャンではなく、神話的な存在になっていく瞬間じゃな」

「その後は?」

「ボブは命を狙われたあと、身の安全のためにしばらくジャマイカを離れる。
だが1978年、再びジャマイカに戻ってくる」

「何をしに戻ったんすか?」

「ワン・ラブ・ピース・コンサートじゃ」

「おぉ」

「このコンサートは、政治抗争に疲れたジャマイカで、平和を呼びかける大きなイベントだった」

「またジャマイカの平和のために歌ったんすね」

「そうじゃ。じゃが、このステージでボブは、ただ歌うだけでは終わらんかった」

「何をしたんすか?」

「コンサートのクライマックスで、ボブは当時の首相マイケル・マンリーと、野党のリーダー、エドワード・シアガをステージに呼んだ」

「さっきのPNPとJLPのトップっすね」

「そうじゃ。敵同士じゃ。そして二人の手を取り、自分の手と一緒に高く掲げた」

「うわ……」

殺し合いの背景にいた敵同士の政治家。その二人の手を、ボブが音楽の力で握らせたんじゃ

「それ、完全に映画のクライマックスっすね」

「レゲエ史でも、ジャマイカ政治史でも、非常に象徴的な場面じゃ」

「これで平和になったんすか?」

「ならんかった」

「えっ」

「その後も暴力は続いた。コンサートに関わった人物たちも命を落としていく。ボブ自身も1981年に病死してしまう。36歳じゃ」

「理想だけでは現実は変わらないんすね」

「じゃが、理想を掲げた人間がいたことは消えん。そこがボブ・マーリーのすごさじゃ」


🔥 過激なラスタ?

「でも仙人、ラスタって全部がボブ・マーリーみたいな“ワン・ラブ”系なんすか?」

「そこが違うんじゃ。ラスタと一口に言っても、中にはいくつもの流れがある」

「宗派みたいなものっすか?」

「そうじゃな。厳密には教会の宗派とは少し違うが、分かりやすく言えば“流れ”や“コミュニティ”に近い」

「どんなのがあるんすか?」

「祈りと太鼓を重んじるナイヤビンギ。聖書研究や十二支族の思想を重視するトゥエルブ・トライブズ。より厳格で、アフリカ回帰や黒人王権の思想を強く打ち出すボボ・シャンティ。ほかにも、地域やコミュニティごとの違いがある」

「同じラスタでも、けっこう違うんすね」

「そうじゃ。だから“ラスタ=全員が同じ考え”ではない。穏やかな祈りのラスタもいれば、政治色の強いラスタもいる。音楽で愛を歌うラスタもいれば、バビロンを焼け、と激しい言葉を使うラスタもいる」

「バビロンを焼け、って……かなり物騒っすね」

「そう聞こえるじゃろう。こうした激しい表現は、“ファイヤー・バーニング”と呼ばれることもある」

「ファイヤー・バーニング……火で焼くってことっすか?」

「そのまま聞くと危ない言葉じゃ。じゃがラスタの文脈では、腐った体制や抑圧、バビロンを焼き尽くせ、という怒りの表現でもある」

「なるほど……本当に火をつけるっていうより、怒りの言葉なんすね」

「そうじゃ。ただし、その言葉が現実の暴力と近づきすぎることもある。そこが難しいんじゃ」

「その流れで有名な人たちもいるんすか?」

「おる。Capleton、Sizzla、Anthony Bあたりの名前はよく挙がる」

「すみません、ボブ以外あんまり分からないっす」

「それでええ。ここで大事なのは、誰が一番偉いかではない」

「ランキングじゃないんすね」

「そうじゃ。ジャマイカの現場では、どのアーティストを強く信じるかは、地域、世代、サウンドシステム、コミュニティによって変わる

「人によって神様みたいな存在が違うんすね」

「そういうことじゃ。Capletonは、“The Prophet”と呼ばれることもある、炎の説教師のような存在じゃ。ステージに立てば、まるで説法のように人を巻き込む」

「Prophetって預言者っすよね。強いっすね」

「Sizzlaはまた違う。August TownのJudgement Yardに根を張り、ゲットーの怒りと祈りを背負った“ラスタ・ソルジャー”のような存在じゃ」

「ソルジャー……戦う人って感じっすね」

「そうじゃ。もちろん、正式な肩書きではない。じゃが、ボブの“ワン・ラブ”とは違う、バビロンに立ち向かうラスタの顔を説明するには、その言葉が近い」

「Anthony Bは?」

「Anthony Bもまた、熱いメッセージを持つラスタの声じゃ。『Fire Pon Rome』のように、政治や権力に向けて鋭く噛みつく曲もある」

「つまり、誰を一番と見るかは、現場ごとに違うんすね」

「その通りじゃ。ジャマイカの音楽は、机の上のランキングではなく、現場の空気で決まる。どのゲットーで、どのサウンドで、誰の曲が鳴って、誰がそれに救われたか。そこまで含めて“カリスマ”なんじゃ」

「深いっすね……」

「だからここでは、誰が一番偉いかではなく、“ワン・ラブだけではないラスタの顔”として彼らを見ればええ」

「その中でも、今回の話で触れるのは誰ですか」

「シズラじゃ。シズラの周辺で起きたある事件が、ラスタの“平和だけでは語れない顔”を象徴しているからじゃ」


🔫 シズラとAK-47

「シズラって、どんな人なんすか?」

「シズラ・カロンジ。1990年代以降のレゲエ/ダンスホールで強い影響力を持ったアーティストじゃ。HIT曲も多い。ラスタのメッセージを強く打ち出しながら、ゲットーの現実も背負っていた」

「ボブ・マーリーとは雰囲気違うんすか?」

「だいぶ違う。ボブが“ワン・ラブ”の象徴として世界に広まったとすれば、シズラはゲットーの怒りと祈りを背負ったラスタ・ソルジャーのような存在じゃ」

「平和の人、というより、戦う人って感じっすね」

「そうじゃな。“平和を祈るラスタ”というより、“バビロンに立ち向かうラスタ”の顔が強い」

「なるほど。ラスタって、思ったより幅広いっすね」

「そして2005年、ジャマイカ警察と軍の合同作戦で、シズラが拠点としていたオーガスト・タウン周辺が捜査された」

「そこで何が出たんすか?」

「AK-47、スナイパーライフル、サブマシンガン、弾薬など、大量の銃器が押収されたと報じられた」

「まじか、それもう一般人が持つ武器じゃないっすね」

「シズラ本人も拘束され、事情を聞かれた。だが本人は銃や暴力との関係を否定し、数日後に釈放されている。実際に起訴されたのは別の男たちじゃ」

「じゃあ、本人が武器を持ってたと断定するのは危ないけど、拠点周辺でそういう事件があったのは事実なんすね」

「その通りじゃ」

「でも仙人、これってラスタの本質なんすか?それとも逸脱なんすか?」

「そこが難しいんじゃ。ラスタには中央教団がない。だから“これが正統、これは異端”と決める公式の本部がないんじゃ」


🌅 ラスタには“本部”がない

「ラスタには、本部がないんすか?」

「ない。ラスタは、ひとつの教会や一人の指導者が全部を決める運動ではない。いくつもの流れがあり、考え方も違う」

「自由だけど、まとまりにくいっすね」

「まさにそこじゃ。ラスタは、反体制の誇りから生まれた。だからこそ、誰かに管理されることを嫌う。その自由さが魅力でもあり、危うさでもある」

「なるほど……」

「ボブ・マーリーの“ワン・ラブ”もラスタ。Capletonの“ファイヤー”もラスタ。Sizzlaの“BAD”な存在感も、Anthony Bを信じる人たちの熱も、全部ラスタの中にある」

「一枚岩じゃないんすね」

「そうじゃ。どれか一つだけを見て、ラスタ全体を語ることはできんのじゃ」


💭 で、結局ラスタって何なんすか?

「仙人、今日の話、かなり混乱してきたっす。ラスタって結局、宗教なんすか?思想なんすか?平和なんすか?反体制なんすか?政治に利用された運動なんすか?それともゲットーの怒りなんすか?」

「全部じゃ」

「全部!」

「ラスタファリズムは、貧しい黒人たちが、自分たちの誇りを取り戻すために生み出した信仰運動じゃ」

「うん」

「同時に、それは思想でもあり、生き方でもあり、黒人解放のムーブメントでもある。アフリカに目を向け、白人中心の価値観に反発し、エチオピア皇帝を神として見た。髪を伸ばし、自然な食を求め、ガンジャを聖なる草として扱った。ここには、身体ごとバビロンに逆らうという思想がある」

「生き方そのものなんすね」

「そうじゃ。やがてその思想は、レゲエによって世界に広まった。ボブ・マーリーは“ワン・ラブ”として世界に届けた。一方で、ジャマイカ国内では政治家に利用され、ギャング抗争と結びつき、血の現実にも巻き込まれていった」

「綺麗な話だけじゃないっすね」

「そうじゃ。ラスタは、平和の祈りであり、反体制の叫びであり、政治に利用された象徴であり、ゲットーの怒りでもある」

「一言で説明できないっすね」

「だから面白いんじゃ」

「ボブの『One Love』だけ聴いてると、ラスタって全部ピースに見える。でも、CapletonとかSizzlaとかAnthony Bまで聴くと、同じラスタでも全然違う顔が見えてくるっすね」

「その通りじゃ。ラスタを知るということは、綺麗な言葉の裏にある、ジャマイカの歴史と痛みを見ることでもある」

「なんか、Tシャツの『ONE LOVE』の見え方が変わったっす」

「それでええ。レゲエは気持ちよく聴いてもいい。じゃが、少しだけ奥を覗くと、音の重みが変わるんじゃ」

「今日のおすすめは?」

「ボブ・マーリーの『Smile Jamaica』を聴いてから、Capletonの『Jah Jah City』、Sizzlaの『Solid as a Rock』、Anthony Bの『Fire Pon Rome』あたりを聴いてみい。同じ“ラスタ”という言葉の中に、まったく違う温度があることが分かるはずじゃ」

「やってみるっす」

「ふぉっふぉっ。じゃあ、そろそろ練乳コーヒーでも飲みに行くかの」

「最後だけ急にいつもの仙人っすね」


🎧 今回のおすすめ楽曲

ボブ・マーリーと、血の時代の祈り

♪ Bob Marley & The Wailers / Smile Jamaica
♪ Bob Marley & The Wailers / Ambush in the Night
♪ Bob Marley & The Wailers / One Love / People Get Ready
♪ Bob Marley & The Wailers / Jamming

ラスタの預言者たちへ

♪ Burning Spear / Marcus Garvey
♪ Culture / Two Sevens Clash
♪ Bob Marley & The Wailers / Selassie Is the Chapel

ファイヤー・バーニング系

♪ Capleton / Jah Jah City
♪ Sizzla / Solid as a Rock
♪ Sizzla / Thank U Mama
♪ Anthony B / Fire Pon Rome


#レゲエ #ラスタファリズム #ボブマーリー #シズラ #ジャマイカ #BobMarley #Sizzla #Rastafari #OneLove

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