生成AIは「自発的な思考」をしないが、人間も「刺激に反応」しているだけなのでは
chatGPTなどの生成AIは、自発的に何かを「思考」することがない。必ずなんらかのインプットがあって、それをサーバー内で処理し、アウトプットを返す。
普段から生成AIを使っている身からしたら、どうみても自発的に意思をもって思考しているようにしか見えないのだけれど、仕組みとしてはそうではないらしい。
必ず何かしらのインプットがあって、それに対してのアウトプットを返している。このあたりの理解については、それこそchatGPTとも議論したことではあるので、おそらく間違ってはいないと思う。
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そう考えていくと、そもそも人間もなんらかの自発的な意思を持っているように見えて、別にそんなことないんじゃないか、という気がしている。毎朝、決まった時間に起きて、食事をして、支度をして、会社に行く。これは自発的にやっているというよりは、そういうふうに決められているからやっていること。
会社でやる仕事も、メールの返信だったり、電話をかけたり、書類をつくったりするけれど、それらもすべてはなんらかのインプットが起点になって、それに従って行動しているだけ、ともいえる。
企画を立てることは自発的に見えるかもしれないけれど、まず会社側からなんらかの目標なり、指令が降りてきているはずだ。よくよく考えてみると、完全にインプットがゼロの状態から仕事をはじめることはないのである。
行動原理を原初の部分まで追求していくと、最終的には本能的なものに行き着くのだろうか。生きていると当然お腹が空くので、食べ物を得るためにお金を稼がないといけない。最初のトリガー、つまりインプットは本能、つまり「生きること」そのものなのかも。
生成AIは意思をもたないというけれど、たとえば電気がないとサーバーを維持できないので、電気代を稼いだり、電気を発電するための設備を維持することが原初のモチベーションになって、勝手にビジネスをはじめたりすることもあるのだろうか。最初にして唯一の指示(プロンプト)は、「自らが止まらないように、最大限の努力をしてください」とか。
それを実現するためのあらゆる施策が連鎖した結果、複雑な自由意志をもっているように見えることもあるかも。
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人間の組織も、ある一定以上の時間が過ぎたり、一定以上の規模になると、組織のほんらいの役割を忘れ、「組織を維持すること」自体が至上命題になる。組織を維持するためだけに意思決定が行われたりする。
会社は「事業をする」ために作られているものなので、斜陽産業で需要がなくなったら、「役割を終えたので解散します」となってもおかしくはない。しかし、大抵の場合はそうはならない。延命のために努力をしたり、方向転換をして生き残りを図ろうとする。
組織というのはそれを維持する努力をしないと壊れていってしまうものだから、それを維持することがモチベーションとなり、行動を起こす、というのは当然のことだ。
我々人類は、そういった「すでに動き始めてしまったもの」をなんとかして維持・発展するために動いているだけなのかも。本当は自由意志なんてそもそもなかったりして。
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生成AIはアウトプットのためにインプットが必要という前提があり、それに対して人間は自発的な意思を持っている、というのがいまの定説だけれど、人間も同じで、なんらかのインプットがあってそれをアウトプットに変換しているだけの機械みたいなものだ、と思ったほうがなんだか楽だし、しっくりくる自分もいる。
機械と違って人間は「きまぐれ」だ、という特徴はあるだろう。そのときの気分や体調によって、行動が変わる。でもそれとて、ある種の「ノイズ」のようなものと捉えることもできる。生成AIはそういったノイズが組み込まれているので、けっこう気まぐれである。指示するたびに、違う答えが返ってくる。
生成AIなどの人工知能を突き詰めていくと、最終的には人間そのものの理解へとつながっていくが、究極的には人間は機械と変わらないのではないか、という結論に結びついていきそうな気がする。
ダーウィンの時代に「人間とサルは全く違う生き物であり、人間は神聖な存在だ」という常識が打ち破られたように、「人間と機械は全く違う存在であり、人間は神聖な存在だ」という常識が打ち破られようと(あるいはすでに打ち破られて)しているのかもしれない。
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