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#つぶやき 2026/07/06

「はたらく細胞」の作者が告発した件、過去の制作、執筆時点の出来事や作者のスタンスを見るに、小さい頃に読んでいた加古里子(かこさとし)の作品を思い出す。

「はたらく細胞」自体は、一部教材として使われている教育機関もあるとの話もあるし、全体的な印象として、学研の「学習まんが」シリーズを思い起こさせるものがあるし、作者のスタンスも加古里子氏に近いものがあるのではないか、と感じる。

とは言え、「はたらく細胞」は専らエンタメとして消費される傾向が強いとは思うので、理科離れというか、興味の入り口となるにしても数は少ないのだろう。

関連して話は飛ぶようだが、嘗て言われたこの「理科離れ」について思うところがある。

時代が平成に入ってから「理科離れ」が話題となり、日経新聞も連載記事を掲載していたのだが、この頃既に、理系コースを卒業・修了しようが、それっぽいポストというか雇用が減ってきていて、かつ、金融業界をはじめとする新しい進路、選択肢が増えたこともあり、そのような環境変化が目につくようになってきた。

当時、大学関係者の中で、既に「国立大学独法化」と「大学院重点化」というキーワードが出回り、従来型の進路選択以外の選択肢が増えてきたという印象であった。

自分が高校生だった1990年代末の時点で、両親が大学教員であったこともあり、そちらの志向はあったものの、雰囲気的にヤバければどこかのタイミングで就職という形で逃げようとも思っていたのである。

実際そのとおりになったわけだが、悲しいことに大学院に戻る気もないし、元々やってたテーマにも興味もない。

現実の問題としてメシは食わないといけないし、更に言ってしまえば実家の悪い空気が嫌いだった。

そういうのに気づいてしまうと、進路選択の問題もあり、それこそ理工系を専攻していたからこそ選択できたキャリアとは言え、本音を言えば大学院まで行かなくても良かった気すらしてしまう。

そういう「やる気の出ない」世の中になっているし、そういう流れの中でFIREという在り方も出てきている、と思うと進歩とは何だろうか?と思うわけである。

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