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2万円のシステム手帳を使いこなせなかった私に、60歳で「第2の脳」ができ始めた

今となっては、人に言うのも恥ずかしいことなんですが。就職してすぐのころ、私は2万円くらいする革のシステム手帳を買いました。茶色の本革のA5サイズの本格的なやつです。

梅田の茶屋町にあるロフト(もう、過去形か?)に買いに行ったのを覚えています。今でも値段がでてくるくらいなので、当時の私にとっては思い切った買い物だったんだと思います(笑)。

あのころ、分厚いシステム手帳を使いこなしている人を見ると、

「この人、すごいなあ」

と思っていました。

そのすごい人は、手帳をパラパラめくりながら、

「今日のToDoはここ」
「去年の今ごろは、こんなことをしていた」
「これからやりたいことは全部ここに書いてある」

みたいに説明できる。

自分の手帳を、恥ずかしげもなく人に見せながら、
「私はこうやって管理してるんですよ」
と言える人って、バリバリ仕事ができる人なんじゃないか。

そんなふうに信じてました。あ、今でもそう思ってます。

ただ、私の手帳は、そこまで育たなかった

自分もそうなりたくて、よさげなシステム手帳を買いました。

夢とか、やりたいことを書いた記憶はあります。

でも、毎日のToDoを管理したり、記録を残したり、あとから振り返ったり。

そういう使い方は、結局うまくできませんでした。

気がつけば、カレンダーを見るためのものというか、大事なものを挟み込んでおく、ただのバインダーみたいになっていました。

人に開いて見せて、

「ほら、私はシステム手帳をこう活用してるんですよ」

なんて、とても言えるようなものではなかったです。

日記も同じです。

60年近く生きてきましたが、日記が続いた試しはほとんどありません。

小学校の時の夏休みの日記だって、8月最後まで、ちゃんと書いていたかどうか怪しいくらいです。いや、最終日に泣きながら全部のページを埋めていた気がする(笑)。

それが今年は、日記が続いている

そんな私が、今年は日記を書き続けています。もう9月なので第4コーナー回ってます。もうちょっとで一年。

自分でもすごく不思議です。

年の初めごろ、YouTubeだったかブログだったかで、AIで日記を書くという話を見たのがきっかけでした。

そのころからChatGPTやGeminiをそれぞれ使っていたので、今となっては最初にどのAIを使ったのかは、もう正確には覚えていません。

ただ、ChatGPTの過去ログを探してみると、1月3日にはもう、音声入力で日記を書いて、

「これはすごい」

と喜んでいるやり取りが残っていました。

やり方は簡単でした。

プロンプトを渡して、その日にあったことを、順番なんか気にせず、思いついたままパパパッとしゃべる。

「他にないか?」と催促してくれてそれに答える。

最後に、

「まとめて」

と言うと、AIが、日記の形にしてくれる。

これが、私にはすごかったんです。

書くんじゃなくて、しゃべればよかった

私は長いこと、自分は日記が続かない人間なんだと思っていました。

でも、違ったのかもしれません。

人に読んでもらうには、こっぱずかしい文章だな、っていうのがあったと思います。

人に読ませるほどの文章にするところまで、全部自分でやろうとすると、面倒だし、それに納得いかなかっただけなのかもしれない。

AIを使ってみたら、ただその日にあったことをしゃべればよかった。

きちんと、体裁のいい文章に整えるところはAIがやってくれる。

これならあっさりできた。

昔できなかったことが、AIと一緒ならこんなに簡単に形になる。

「おぉ、日記になった。すげぇ!」

この時の感覚は、今でも結構大きいです。

自意識過剰だったのかな?内容はともかく、自分で書いた文章は人に見せれないって感覚があって。

なので、たとえ完璧な文章じゃなくても「AIが書いてくれました」って言えれば、それは自分の渾身の作品ではないので、人に見せることができるのかも。

なさけないけど、本音です。

最初はプロンプトも一生懸命作っていました

その頃、AIを使うための常識としては、

「AIにちゃんと出力してもらうには、ちゃんとしたプロンプトを与えないといけない」

と言われており、私も実行していました。

だから日記用にも、かなり細かいプロンプトを作りましたよ。

今日何があったかを聞いてもらう。

他に出来事がなかったか確認する。

嬉しかったことも聞いてもらう。

体調もまとめてもらう。

AI自身の感想は入れない。

最後に日記として整理する。

そんな指示をかなり細かく書いていました。

今そのプロンプトを見ると、

「ここまで書かんでもええんちゃうかな」

とも思います(笑)。

でも、当時は当時で、どうやったらAIをうまく使えるのかを一生懸命考えていたんです。

日記を書いてもらうより、読んでもらう方が面白くなった

最初は、

「AIが日記をきれいにまとめてくれる」

ことに感動していました。

その日記を毎日Googleドキュメントに貼っていきました。一覧で見れるようにしておきたかった。

1月、2月、3月、4月と、自分の日記がどんどん長い一枚の書類になっていきます。

あるとき、その日記をNotebookLMに読ませてみました。

NotebookLM(ノートブックLM)は、自分が入れた資料をもとに、質問に答えてくれるGoogleのAIツールです。
私はそこに、数か月分の日記を読ませてみました。

そして、

「私の仕事の進め方って、どう思う?」

「時間を作るにはどうしたらいい?」

「広田さんは最近、週に何回来てる?」

「私の体調と仕事の効率って関係ある?」

とか、いろいろ聞いてみました。

すると、数か月分の日記を読んで答えてくれる。

広田さん(常連さん)が来た日まで拾ってくれる。

自分の体調の変化や、仕事の進み方まで見てまとめてくれる。

これを見たとき、

「うわ、すごい」

と思いました。

日記って、自分で読み返すだけのものじゃなかったんですね。

AIに読んでもらえばいい。

「日記の体裁になりました。でも誰が読むねん」

これは、今だから言えるんですが。

AIが日記をきれいにまとめてくれます。

文章も読みやすい。

でも、

「誰が読むねん」

ってなったんです(笑)。

私、自分の日記をあとから毎回読む人ではありません。

だったら、きれいな文章にすることより、

「何があったか残っていること」

の方が大事なんじゃないか。

そう思うようになりました。

今はObsidianに、そのまま残している

今は、Obsidianのデイリーノートに直接音声入力しています。

気がついたときに、テンプレートからその日のデイリーノートを作る。

最初から項目分けしてあるので、そこへ思い出したことを入れていきます。

店であったこと。

来てくれたお客さんのこと。

どんな会話をしたか。

今日の売上とか、忙しかったかとか。

今日はちょっと疲れてたとか、筋肉が凝ってるとか。

そういう、たわいないことも残しています。

場所はだいたい、カレー屋のレジ裏のPCです(笑)。

AIを使って何か作業した日は、

「今日やった作業をまとめて、Obsidianに保存して」

とChat編集長に頼むこともあります。

日常の細かいことは、自分でしゃべって残す。

AIとの作業は、AIにまとめてもらう。

それを全部Obsidianに集めています。

文章がとっ散らかっていても、今は気にならない

今は、文章として少々とっ散らかっていても、あまり気にならなくなりました。

あとで必要になったときに、AIが読みに行ってくれるからです。

人の名前とか、大事な言葉さえ間違っていなければいい。テキストで残すのである程度変換違いも含めてAIは拾ってくれるけど、音声入力の際に漢字間違いとかはなるべくないようにしたいとは思います。

今回も、この記事を書きながら、初めて、Obsidianのデイリーノートを横断して、

「体調と仕事効率って関係ある?」

と聞いてみました。

すると、

人手がある日はPC作業が進みやすいとか、

睡眠不足が仕事に響いているとか、

足や腰や歯の痛みが集中力を削っているとか、

Obsidian内の複数日の記録を見ながら、Work編集長(Codex)がまとめてくれました。

Googleドキュメントにまとめた日記テキストとNotebookLMで感じた感動が、今度はObsidianでも起きたわけです。

私は、よく忘れます

私はもともと物忘れが多い方です。

やらなきゃいけないことまで、普通に忘れてます。

今はChatGPTと壁打ちをして、

「そうや、これやらなあかんかった」

と思い出すこともあります。

でも、全部を頭の中に置いておかなくてもいいと思えるようになりました。

毎日とりあえず書いておけば、AIに聞けば、どこかに引っかかる。

そう思うと、

「今日はちょっと体が重いな」

「筋肉が凝ってるな」

「なんか疲れてるな」

みたいな自分の小さな変化も、残しておこうと思うようになりました。

日記を書くようになって、身の周りの輪郭がくっきりしてきた

これは、自分でもちょっと意外でした。

記録があるから安心する、というだけではないんです。

日記を書くようになってから、日々の出来事の見え方が変わってきた気がします。

「これ、あとで書こう」

「この会話、残しとこう」

「今日、ちょっといつもと違うな」

そう思いながら生活するようになりました。

過去何十年も、漫然と過ごしてきて、ただ過ぎていた日々が、

今になって輪郭がくっきりしてきたというか。

あとで日記に書くからこそ、

「うわ、今、アンテナ立ってる!」

みたいな感じがあります。

残る安心感に加えて、

「今まで意識してなかったことまで見えてきて、世界がくっきりしてきた」

そんな感じです。

昔、憧れていた人に、少し近づいたのかもしれない

ここまで話していて、ふと昔のシステム手帳のことを思い出しました。

私はあの2万円の革のシステム手帳を、結局使いこなせませんでした。

人に見せながら、

「私はこうやって管理してるんですよ」

「仕事がはかどりますよ」

なんて、とても言えるような手帳にはならなかった。

でも今は、

「私はこうやってAIで日記をつけてるんですよ」

「こう聞いたら、昔のことまで探してきてくれるんですよ」

「ToDoもAIに並べてもらって、私はそこを見に行くだけなんです」

と、人に話せています。

お店でやってるAI交流会でも、実際に見せています。

そこから、AI日記を始めて、今でも続けている人もいます。うれしいです。

昔、システム手帳を使いこなす人を見て、

「自分の手帳(やり方)を人に見せられる人って、すごいな」

と思っていました。

それが60歳になって、

AIを使っていたら、いつの間にか自分にも

「人に見せられる日記や仕組み」

ができ始めていた。

いまさらですが、

これは、ちょっと面白いなと思っています。

5年後は分からない。でも、このままなら続けられそう

このまま5年続けたらどうなるのか。

それは分かりません。

AIだって、5年後にどうなっているか分かりません。

でも今のやり方なら、このまま5年くらい続けられそうな気はしています。

歯が痛かったのはいつだっけ。

去年風邪をひいたのはどんな時期だったか。

あのころ自分は、どんな仕事の仕方をしていたか。

必要になったら、AIに読みに行ってもらえばいい。

その日の原文も残っている。

昔できなかったことが、今になっていろいろできるようになってきました。

日記もそうです。

ToDoもそうです。

記録を残すこともそうです。

60歳になって、私が急に几帳面になったわけではありません。

できないところを、AIに手伝ってもらうようになっただけです。

それで十分なのかもしれません。

私は、普段は大阪・上本町で毎日AI日記をしたためながらスパイスカレー店「薬師堂本舗」をやっています。

もしAI日記の話、ログ記録の話、興味ありましたら、ぜひ来ていただいて気軽に声をかけてくださいね。ちょっと喜びます。

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