10.沖縄と海
ある年の7月。友人のバンドのライブ遠征に便乗し、私は沖縄に遊びに来ていた。
計5人のおっさんで前日に現地入りし、朝からレンタカーで観光をしていた時の事。
ライブとは全く無関係で、ただ純粋に遊びに来ていた私は行き先を全て彼らに任せ、どこへ向かうのかよく分からないまま後部座席でただひたすら酒を飲み続けていた。
どこをどう通って来たのか全く覚えていないが、その道中に素晴らしい景観の海を発見した。
我々は思わず車を停め、浜辺まで歩き、風に吹かれながらその場を堪能する。足だけ海に入る男、写真を撮る男、ただ浜辺を歩く男。それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。
ある程度の時が経ち、そろそろ車に戻ろうかというタイミングでメンバーが一人足りない事に気付く。
ボーカルの"ユウ"という男だ。
周りを見渡してもユウはいない。皆でキョロキョロとしながら遠くの方へ視界を移すと約100m先の方にユウの姿が見えた。彼は防波堤の端に座り海を眺めている。
《ユウッ!!そろそろ行くぞー!!》
我々は大声で彼を呼び、出発を促した。
呼び掛けに気付いた彼は遠くの方でこちらを振り向き、軽く手を挙げる。そして彼は再び海の方を見た。
《・・・・・・・・》
それを見つめる我々。
『・・・いや、あいつまた海見始めてねえか?』
『ん〜、見てるな』
小言を言う我々。
《ユウッ!!そろそろ行くぞっ!!》
先程より少し強めの声で再び促す。それを聞いた彼は重い腰を上げ、ゆっくり立ち上がる。そして名残惜しそうに数秒海を見つめた後、こちらを振り返り歩き出した。しかしその瞬間
彼の被っていたワークキャップが風に飛ばされ、無慈悲にもそのまま海へ落ちていったのだ。
その光景を見て思わず私達は笑ってしまった。しかし、そんな我々をよそに彼は海に近づき、キャップを取ろうとしている。だがキャップは波でどんどん遠くへ流されて行く。彼も諦めない。今度は服を着たまま海に入って行く。しかし、キャップとの距離は遠退くばかり。結局、健闘虚しく腰から下が海に浸かった所で諦めた。
その姿を遠くで見ていた私は思わずユウの元へ向かった。そして、声を掛ける。
私『おい。あれは大事なやつなのか?』
ユ『まぁ結構ね』
確かに最近、彼と遊ぶ時にあのワークキャップの出現率が高かったのを私は知っている。
私の頭の中でワークキャップを被るユウとの思い出が駆け巡る。
ワークキャップを被って笑うユウ。
ワークキャップを被って飯を食うユウ。
ワークキャップを被って酒を呑むユウ。
そして
ワークキャップを助けようと海へ入るユウ。
私は決断を下した。
私『・・・分かった。俺に任せとけ』
そう言うと私は浜辺に行き、服を脱ぐ。どうしたどうしたと、ぞろぞろメンバー達が集まって来る。このメンツの中で最年長の一人の私は年下の男達に向かって力強くメッセージを送った。
私『いいか!これが人助けってやつだ!覚えとけ!』
パンツ一丁で海に入り、遠くの海面に浮かぶキャップを睨みつけ、私は泳ぎ出した。
真っ青な空の下、澄み切った海水に身を沈める。沖縄の雄大な海に包まれながら、大地との一体感を全身で感じる。
そして泳ぎ始めて数秒、私は思った。
『(え~うそぉ。思ったより辛いじゃーん)』
と。
距離としては、たかだか片道20m程度だろう。水泳経験者の私としては造作無い距離だ。しかし、幾つかの問題が発生していた。
1、思いのほか強い波の抵抗
2、昨今の著しい身体能力の低下
3、多少の酩酊状態
である。
『(あ、諦めたーい。でも、めっちゃ偉そうにしちゃったじゃーん)』
精神状態は【うへぇ】っといった感じである。
しかし、タンカを切ってしまった以上引けない。言葉に求められるのは責任なのである。何より背後に他の仲間の眼差し、ユウの期待を感じる。頑張れ俺。
泳ぐ事、数m。気付いた事は私が近付いたと思っても、キャップも同じ様に流され遠退いていくという事。即ち、今より推進力を強めにして泳がなくてはならない。実際に力強く手を漕いでみると徐々にキャップとの距離が近づいているのが分かった。しかし、もう少しといった所で強めの波が私を襲う。自然VS山田。一進一退の攻防が繰り広げられる。牛歩の如く距離を縮め、私はついにキャップを奪取すると、浜へ向かってUターンした。
帰り道は多少の追い波があるもののスタミナの低下も相まって、帰りは帰りで非常に辛い。しかし、あいつが喜ぶならば、助けになるのならば、そして、あわよくばほんの少し労いの言葉を頂けるのならば、疲れなんてすっ飛んでしまうものだ。
そして私は重い体を引きずり、ようやく浜へ足を下ろす。
浜辺で待つユウに近寄り【ほれ】と言いながらキャップを頭に乗せてあげた。
するとユウは私にこう言った。
ユ『いや、そこまで頑張ってもらう程、大事でもなかった』
と。
私『・・・な、何だとゴラァァァ!』
沖縄の海に山田の怒声が響き渡った。
おわり
