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『祭祀と供犠』を読む(前編)

この記事は中村生雄先生の『祭祀と供犠』を読んでいて、思いついたことをまとめたものである。


イケニエ考

今読んでいる中村生雄先生の『祭祀と供犠』に次のような指摘がある。生贄とは「贄を生きたまま神に供すること」ではなく「生かしてあった贄を神に供すること」が本義らしいのである。これは折口信夫先生や西郷信綱先生といった先学がすでに言及されているらしいが、この「イケ(生け)」は生け簀や生け花に通ずるという。
実は、『今昔物語集』に収録されている生贄譚(猿神退治)に「養い肥やして」という表現が出てくるらしい。つまり、生贄とはその場で選定されるのではなく、あらかじめ用意されていたものだったのである。ユダヤ教の燔祭に供される動物は雄牛・羊・山羊・鳩だが、前三者は家畜である。ヒンドゥー教のカーリー女神に捧げられる生贄もコルカタのカーリガート寺院では山羊で、やはり家畜である。生贄とは異なるのだが、イオマンテで用いられる熊も数年間、人の手で飼育される。
ただ、人身供犠については「人身御供」と「人柱」があり、ここではあえて踏み込まない。

鹿肉について

中村生雄先生の『祭祀と供犠』を読み進めているが、興味深い記述がいくつかある。今回は鹿肉について取り上げる。
おおよそ中世頃から各神社が「肉食の忌」について規定するようになるらしいが、その中で鹿肉の忌期間が他の動物の肉より長く取られているらしい。その一方、貢納物としては鹿が他の動物より珍重されていたという(『延喜式』主計条)。
そこから中村先生は「鹿肉そのものが穢れではない」「食べたものが身になる=神や貴人の食物を食すと神や貴人と同質になる」と考えられている。つまるところ、「肉食がタブー」なのではなく「高貴な食材に手を出すことがタブー」であり、「肉食ではなく越権という行為が罪→罪は穢れ→精進潔斎が必要」ということなのだろう。
日本には古くからケガレ忌避の観念があるが、その起源はよくわからず、途中で肥大化や意味の転化なども起きているらしく複雑である。これらが差別に繋がっている部分も大きいのでデリケートな問題だが、歴史学・民俗学・宗教学などの観点から再考する必要があると思われる。
なお、肉食の忌は仏教の不殺生戒が少なからず影響を与えたようで、平安時代後期には完全に上書きされてしまったらしく、天皇の食膳に獣肉が載ることを大江匡房が不思議がっているという(当代一の碩学が、である)。

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親魏倭王(元学芸員:考古学) 現在、経済的な事情もあって、一部記事を有料にしております。 記事購入と併せ、内容が気に入っていただけましたら支援していただけると助かります。