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アスペルガー夫との日々、私が望んだのは「普通」だった

牛乳パックの、たった一文に、心がざわつきました。あの感情は、とっくに片付けたはずだったのに。

毎月第3日曜日は「家庭の日」
「家庭は、子供が人格を形成するうえで大きな役割を担う大切な場所です。明るく楽しい家庭づくりを進めましょう。」
ある朝、牛乳パックにそんな文字を見つけました。

たったそれだけの言葉を読んだ瞬間、私の心は思いがけずざわつきました。もう何年も前に、あの頃の感情はきちんと感じ切って、解消したはずだったのに。「もう終わったはずなのに、なぜ」——そんな戸惑いと共に、この記事をお届けします。


朝の食卓に、笑い声があった

結婚したばかりの二人暮らしの頃も、息子が生まれてからも、私がフルタイムでコンサルタントに復職するまでも、そこには、あたたかい家庭がありました。

朝の食卓には、いつも小さな会話がありました。

「今日は、3歩歩いたよ」「前歯が少し生えてきたよ」——息子のちょっとした成長を、私は嬉しくて夫に報告していました。夫もそれを聞いて笑ってくれて、三人で顔を見合わせて笑い合う。そんな、なんの変哲もない朝が、私にとっての"普通"でした。

長期休みには、夫の希望でハワイやグアム、オーストリアにも家族三人で出かけました。どこへ行っても、私たちは仲良く過ごしていました。旅先で三人で並んで過ごす時間も、私にとっては大切な"普通"の一部でした。あの頃の私は、この暮らしがずっと続くものだと、疑ってもいませんでした。

「おかえり」を言い続けても、何も返ってこなくなった日々

でも、私がフルタイムでコンサルタントに復職してから、少しずつ何かが変わっていきました。私が話しかけても、夫からは何も返ってこない。そんな日が、少しずつ増えていきました。

初めは、私が子育てや家事で夫の期待に応えられなかった時に、批判される言葉が増えてきたな、という感じでした。それが年々増えていき、息子が小学校2-3年生になる頃には、夫は、私のことを完全に無視するようになっていったのです。

それでも私は、諦めませんでした。朝は「おはよう」、帰宅したら「おかえり」「今日もお疲れ様」。返事がなくても。何も返ってこなくても。

いつしか、夫はチッと舌打ちまでするようになっていきました。言葉が空気の中に消えていくだけの毎日を繰り返すうちに、私はどんどん、むなしくなっていきました。

感じ切ったら、遠い過去になった

8年前に感情カウンセラーになった頃から、私は自分の中にある感情と、ちゃんと向き合うようになりました。

「本当は、普通の家庭を取り戻したかった」「言葉を返してもらえなくて、寂しかった、悲しかった」——ずっと抱えていたその気持ちを、なかったことにせず、一つひとつ、感じ切っていきました。

何年もかけて、少しずつ、自分のペースで。涙が出る日もあれば、ただ静かに思い出して感じるだけの日もありました。それでも、逃げずに向き合い続けるうちに、自分を責める気持ちも、少しずつ減っていきました。

そうしたら、あれほど重かったはずのその記憶が、ただの「遠い過去の事実」になっていったんです。「あの頃、そういうことがあった」——ただそれだけの、乾いた事実として、心の中に置いておけるようになりました。

胸がざわつくこともなくなり、あの頃のことも、落ち着いて人に話せるようになりました。「嫌いな子を無視するなんて、小学生と一緒だよね!」と笑い飛ばせるようにもなっていました。

だから私はもう、あの感情はきちんと片付いたのだと思っていました。

欲しかったのは、"普通"だった

だからこそ、あの朝、牛乳パックの広告を見て心がざわついた自分に、正直戸惑いました。「もう終わったはずなのに、なぜ」——そう思わずにいられませんでした。

でも、少し立ち止まって考えてみると、腑に落ちることがありました。私が感じ切って手放したのは、「言葉を返してもらえなかったむなしさ」でした。でも、その奥に、まだ手をつけていなかったものが、静かに残っていたんです。

それは、「もう一度、あの朝の食卓を取り戻したい」という、ずっと消えなかった望みでした。息子の小さな成長を一緒に喜んで、三人で笑い合って、互いを思いやりあって、休みには家族で仲良く出かける——特別なことは何もいらない。ただ、それだけの"普通"を、私は今でも、心のどこかで望んでいたんです。

「今日は、3歩歩いたよ」「歯が生えてきたよ」と報告して、三人で笑い合っていたあの朝の食卓。私が本当に取り戻したかったのは、まさにあの光景そのものだったんです。

牛乳パックの「明るく楽しい家庭づくり」という一文は、たまたまその望みに触れたのだと思います。むなしさを感じ切って手放しても、「取り戻したかった」という望みそのものは、また別の場所に、まだ残っていたんです。感じ切ることと、望み続けることは、別のことだったのだと、今は思います。心がざわついたのは、後退したからではなく、その底に、まだ残っている感情があったよ、ちゃんと感じてね、と教えてくれるためだったのです。

今日のひと言✨欲しかったのは"普通"だった

「おはよう」も「おかえり」も「今日もお疲れ様」も、特別なことは何もありません。朝の食卓で今日あった小さな出来事を報告し合って、みんなで笑う。ただ、それを当たり前に言い合える暮らしを、私はずっと取り戻したかっただけでした。

大きな夢でも、贅沢な望みでもなかったはずなのに、それがどうしても手に入らない時期が、私にはありました。そして、その生活を望む気持ちが私の中には、まだ残っていたんです。

もしかしたらあなたも同じように、「私も、ただ普通に暮らしたいだけなのに」と感じているかもしれません。
そしてその望みには、それが手に入らないことへの苦しさ、その状況を受け入れることへのつらさなど、いろいろな感情がくっついているのかもしれません。

その望みにまつわる感情に、いつ、どんな形で向き合うかは、あなたのペースで大丈夫です。焦らなくていいと思います。今日、ここまで読んでくださったこと自体が、もう十分な一歩だと感じています。

望みに気づいて、それにまつわる感情を感じることが、その望みを叶えることへの最初の一歩になるかもしれません。

あなたが本当は何を望んでいますか?——その輪郭は、少しでも見えてきたでしょうか。


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