【恋の参謀あらわる!】#8「決めるのは、私だった」|恋愛小説|連載小説|ライトノベル|ラノベ


夜、部屋に戻ってからも、真琴はしばらくコートを脱げなかった。
玄関の灯りだけをつけたまま、駅前のカフェで聞いた亮介の声を思い返していた。
「もう一度、やり直せないかな」
その言葉は、静かな部屋の中で何度も形を変えて戻ってくる。
真琴はようやく靴をそろえ、棚を開けた。
白いカップと、紺色のカップ。
紺色の取っ手には、小さな欠けがある。
まだ使えるよな。
亮介の声が、記憶の中で笑った。
真琴は手を伸ばしかけて、止めた。
今日は、違う。
白いカップを取り、お湯を注ぐ。

鞄の中でスマホが一度震えた気がした。
亮介かもしれない。
蓮かもしれない。
でも今、誰かの言葉を入れたら、自分の中にあるものがまた分からなくなりそうだった。
真琴はカップを両手で包んだ。
今日は、亮介と会った。
亮介は戻りたいと言った。
その事実だけを、頭の中に置く。
嬉しかった。
悔しかった。
怖かった。
腹が立った。
懐かしかった。
少しだけ、救われた気もした。
好きだった時間は、確かにある。
一緒に笑った日も、自分の仕事を応援してくれた夜も、風邪をひいた時に雑炊を作ってくれたこともあった。
けれど、自分が「大丈夫そう」に見えていたこと。
多少雑でも、最後には分かってくれると思われていたこと。
その言葉もまた、本当だった。
優しかった亮介も。
甘えていた亮介も。
選ばれたかった自分も。
傷ついていた自分も。
全部、そこにあった。
真琴はノートを開き、今日の日付を書く。
亮介と会った。
それだけ書いて、手が止まった。
復縁。
保留。
怖い。
嬉しい。
許せない。
会えてよかった。
どれも違うようで、どれも少しずつ合っている。
真琴は蓮の言葉を書いた。
戻りたいのは、あいつか。
あいつに選ばれていた頃の自分か。
その下に、自分の言葉を続ける。
私は、亮介を見ているのだろうか。
それとも、亮介の隣にいた頃の自分を見ているのだろうか。
目の奥が熱くなった。
亮介に戻りたいのかは、まだ分からない。
でも、亮介に選ばれていた頃の自分へ戻りたい気持ちは、確かにあった。
あの頃の自分は、未来を信じていた。
結婚すると思っていた。
一人の夜を、こんなに広いと思わなかった。
年齢を、こんなふうに数えなかった。
予約表を見て、自分の価値まで減っていくとは思わなかった。
スマホを手に取る。
亮介から、メッセージが来ていた。
「今日は会ってくれてありがとう。急がなくていいから、ちゃんと考えてくれたら嬉しい」
優しい言葉だった。
それでも、胸のどこかが警戒する。
急がなくていいと言われても、待たせている気がする。
早く答えなければいけない気がする。
相手を不安にさせてはいけない気がする。
真琴はスマホを伏せた。
返事は、まだしない。
それだけで少し息が浅くなった。
翌朝、真琴はいつもより早く目を覚ました。
棚を開ける。
白いカップ。
紺色のカップ。
少し迷い、白い方へ手を伸ばす。
まだ、こちらを選びたい。
それでいい。
白いカップにお湯を注ぎ、少しだけ身体を動かした。
吐く息で背中を丸める。
吸う息で背骨を起こす。
身体は重かった。
けれど、動いているうちに、昨日のカフェに置き去りにしてきたはずの自分が、少しずつ今朝へ戻ってくる。
戻る。
その言葉に、胸が引っかかった。
身体は戻っていい。
呼吸も戻っていい。
でも、人生まで過去へ戻る必要はない。
シャワーを浴びたあと、真琴は洗面台の前に立った。
いつもの眼鏡に手を伸ばす。
そこで、ふと止まった。
引き出しの奥に、以前買ったまま、ほとんど使っていないコンタクトレンズがある。
別に、眼鏡が嫌いなわけではない。
けれど今日は、なんとなく。
「……こっちにしようかな」
コンタクトを入れ、もう一度鏡を見る。
眼鏡のない自分の顔は、少しだけ頼りなく見えた。
見慣れていないだけなのに、
まるで違う人を見ているようだった。
若く見せたいわけではない。
亮介に何かを見せたいわけでもない。
ただ今日は、自分でこちらを選んだ。
それだけだった。
クローゼットを開く。
黒。
紺。
ベージュ。
落ち着く色ばかりが並んでいる。
その奥に、淡い水色のシャツが一枚あった。
春先に買ったものの、
「少し明るすぎるかな」と思って、一度も外へ着ていかなかったものだ。
真琴はハンガーごと取り出した。
鏡の前で身体に合わせる。
いつもの自分なら、たぶん戻していた。
似合うかな。
浮かないかな。
四十四歳で、この色は明るすぎないかな。
そんな言葉が、次々に浮かぶ。
真琴は少しだけ考えてから、ハンガーを外した。
「今日は、これが着たい」
誰に聞かせるでもなく呟く。
白いインナーの上に、水色のシャツを羽織る。
鏡の中には、
昨日までと少しだけ違う自分がいた。

劇的に変わったわけではない。
人生が変わったわけでもない。
ただ、
眼鏡ではなくコンタクトを選んだ。
いつもの暗い色ではなく、水色を選んだ。
小さなことだった。
それでも真琴には、
誰かに選んでもらうこととは違う種類の変化に思えた。
自分で選んだものが、
少しずつ自分の輪郭を作っていく。
真琴は鏡から目を逸らさずに、
シャツの袖を一度だけ折った。
スタジオへ向かう前、真琴はユウを開いた。
昨日、元婚約者に復縁を求められました。嬉しい気持ちもあります。でも怖いです。十年が無駄じゃなかったと思いたいだけなのかもしれません。どう考えればいいですか。
返事はすぐに来た。
復縁を求められた時に、嬉しさと怖さが同時に出るのは自然なことです。大切なのは、「過去を取り戻したい」のか、「これからの自分にとってその関係が必要なのか」を分けて考えることです。
・一緒にいる時の自分は、安心して本音を言えますか。
・相手の寂しさを埋めるために、自分を後回しにしていませんか。
・その人といる未来の自分を、今の自分は選びたいと思えますか。
真琴は三つの問いをノートへ写した。
答えは出ない。
でも、今は急がない。
スタジオに着くと、予約状況のモニターが目に入った。
美月 十九時 満席
美月 二十時半 キャンセル待ち
橘真琴 十一時 予約七名
橘真琴 十四時 予約五名
七名。
昨日より、また一人増えている。
いつもなら胸が温かくなる数字だった。
今日は、その温かさに別の痛みが混じった。
自分が動き出したから、亮介は戻ってきたのかもしれない。
手放したものが動き始めると、急に惜しくなることがある。
蓮の言葉がよぎる。
これは本当に、自分が望んでいたことなのだろうか。
「真琴さん」
美月が隣に立っていた。
「予約、増えてますね」
「はい」
「嬉しくなさそう」
真琴は少し笑った。
「嬉しいです。でも、今ちょっと別のことで頭がいっぱいで」
美月はそれ以上聞かなかった。
代わりに、モニターを見たまま言った。
「欲しかったものって、来たら来たで、急に怖くなりません?」
真琴は横顔を見る。
「来てくれたら全部変わると思ってたのに、実際に来ると、今度は失うのが怖くなるというか」
予約が増えること。
見てもらえること。
戻ってきてほしかった人が戻ってくること。
欲しかったものは、来た瞬間に答えになるわけではない。
そのあと、自分がどう扱うかを問われる。
「……分かる気がします」
美月は少しだけ笑った。
午前のレッスンには、七人が来た。
真琴は、いつもよりゆっくり声を出した。
「今日は、答えを急がない呼吸をしていきましょう」
言ってから、自分でも少し驚いた。
「分からないままでも、今ここにある感覚だけを見ていきます」

亮介。
蓮。
ユウ。
予約表。
全部が頭にある。
でも今は、目の前の呼吸を見る。
レッスン後、紗季が言った。
「今日の言葉、メモしました。答えを急がない呼吸」
「私も、すぐ答えを出さなきゃって思うことが多いので」
真琴は頷いた。
「私もです」
支える側だから、迷ってはいけないわけではない。
先生だから、答えを持っていなければいけないわけでもない。
迷っている身体から出た言葉だから、届くこともあるのかもしれない。
昼休み、真琴は蓮へメッセージを送った。
「昨日、亮介と会いました」
十分ほどして、返事が来る。
「戻ってきたか」
「はい」
少し迷い、続けた。
「蓮さん、外れましたね」
返事は短かった。
「外れる」
真琴は画面を見つめた。
少し遅れて、次が届く。
「だから、占いだけで人生を決めるなって言ってる」
蓮は、外れたことを隠さなかった。
言い訳もしなかった。
真琴は返信する。
「蓮さんの言葉も、全部信じなくていいんですね」
「やっと分かったか」
腹が立つ。
でも、少し笑ってしまう。
「俺の言葉も、占いも、AIも、亮介の言葉も、全部材料だ」
真琴は、その一文を見つめた。
「決めるのは、あんただ」
蓮が正しいから従うのではない。
ユウが優しいから安心するのではない。
亮介が戻ってきたから運命だと思うのでもない。
全部、材料。
決めるのは、自分。
そう思うと、胸の奥が怖くなった。
誰かに決めてもらえないということは、自由なだけではない。
逃げ場がないということでもあった。
午後のレッスン後、真琴はスタジオ近くの公園へ寄った。
ベンチに座り、ノートを開く。
ユウの問い。
蓮の言葉。
亮介のメッセージ。
すべてを書き出した。
安心して本音を言えるか。
自分を後回しにしていないか。
その人といる未来の自分を選びたいか。
俺の言葉も、占いも、AIも、亮介の言葉も、全部材料だ。
決めるのは、あんただ。
今日は会ってくれてありがとう。急がなくていいから、ちゃんと考えてくれたら嬉しい。
どの言葉にも力がある。
ユウは整えてくれる。
蓮は突き刺してくる。
亮介は昔の自分を呼び戻す。
占いは、まだ終わっていないと言ってくれる。
でも、その誰も、真琴の代わりには生きてくれない。
真琴はページの真ん中に大きく書いた。
私は、何を選びたい?

何を選ばれるか、ではなく。
何を選びたいか。
その違いが、思っていたより大きかった。
そして、ようやく気づく。
自分はずっと、選ばれたかったのだ。
亮介に選ばれたら、十年は無駄じゃなかったと思える。
スタジオに選ばれたら、まだ必要とされていると思える。
生徒に選ばれたら、先生として価値があると思える。
SNSで選ばれたら、今の自分でも届くと思える。
占いに最高運気と言われたら、人生は終わっていないと思える。
ユウに大丈夫と言われたら、自分は間違っていないと思える。
蓮に「あんたの言葉だった」と言われたら、やっと自分を信じられる。
全部、選ばれるためだった。
私、ずっと選んでほしかったんだ。
その言葉が、身体の中ではっきり響いた。
寂しくて、少し恥ずかしい気づきだった。
でも、不思議と少しだけ楽にもなった。
運を待っていたのではない。
誰かが自分を選んでくれるのを待っていた。
選んでくれたら、年齢も、失恋も、予約の空席も、少しだけ大丈夫になる気がしていた。
けれど、それを自分の価値の証明にしている限り、失った時にまた全部が崩れる。
真琴は、もう一度書く。
私は、何を選びたい?
答えはまだ出ない。
亮介を選ぶのか。
一人の自分を選ぶのか。
今の仕事を選ぶのか。
新しい届け方を選ぶのか。
まだ分からない。
でも、問いの向きだけは変わった。
真琴は亮介のメッセージを開いた。
「こちらこそ、昨日は話してくれてありがとう。すぐには答えを出せません。ちゃんと考えたいです」
そこで一度止まる。
もう一文、必要だと思った。
「ただ、私はもう、自分の気持ちを後回しにして答えを出したくありません」
指が震える。
きついだろうか。
冷たいだろうか。
それでも、消さなかった。
送信した。
胸はまだ苦しい。
けれど、少しだけ呼吸が深くなった。
次にユウを開く。
私はずっと、誰かに選んでほしかったのかもしれません。
そこまで打って、止めた。
ユウはきっと、優しく返してくれる。
今はそれが少し欲しい。
でも、この気づきをすぐ慰めで包みたくなかった。
真琴は文章を消し、短く打った。
今日は、自分で考えてみます。
ユウから返事が来る。
分かりました。必要な時は、いつでも整理のお手伝いをします。
真琴は少し笑った。
その距離が、今日はちょうどよかった。
夜、部屋へ戻ると、真琴は棚を開けた。
白いカップと、紺色のカップ。
少し迷い、白いカップを手に取る。
紺色を選べば、何かが進む気がした。
でも、それはまだ今ではない。
お湯を注ぎ、ノートを開く。
ページの真ん中には、夕方に書いた言葉が残っている。
私は、何を選びたい?
答えは、まだ書かない。
書けない。
でも、問いを持ったまま眠ることはできそうだった。
スマホが震える。
亮介からだった。
「分かった。待ってる」
昔なら、その言葉に安心したかもしれない。
待ってくれる。
選んでくれる。
必要としてくれる。
でも今は、その言葉をそのまま腕の中に入れることができなかった。
待ってくれることと、自分が戻ることは別だ。
真琴は返信しなかった。
白いカップを両手で包む。
誰かに選ばれるのを待つ夜ではない。
自分が何を選ぶのかを、逃げずに見つめる夜だった。
私は、何を選びたい?
答えはまだ出ない。
でも今夜、その問いは、少しだけ怖いものではなくなっていた。
⸻
今日の運を動かす一手
「私を選んで」と思った相手を責める前に、「私は何を選びたいのか」を書く。






カケルンのスタエフ☝️ぜひ聴いてね🎧✨️

山奥AIさん発案、空手家パパさんがアプリを制作。
カケルンをはじめ、多くの小説作家さんが「司書」として参加するオンライン図書館です📖🌿
noteやカクヨムなど、さまざまな場所で活動する作家さんの小説・物語・エッセイが集まっています。
作品は、気分やジャンルから探すこともできれば、偶然出会った一冊を楽しむことも。
さらに、作品を読むほど図書館そのものが成長していく、ちょっとしたゲーム要素もあります🎲
作者と読者、そしてまだ知らない物語との出会いをつなぐ場所。
読むだけなら登録不要。
すべて無料で楽しめます📖🌿

あかねちんと山奥AIさんが立ち上げた「WONDER LABO」は、動物たちの命を守る活動を応援するプロジェクトです🌈✨
小さな優しさを集め、動物愛護団体への支援や、命を大切にする想いを広げていく取り組み。
カケルンは、WONDER LABOを応援しています。



BRAVEの活動はバナーをタップ☝️



#恋の参謀あらわる #恋愛小説 #連載小説 #大人の恋愛 #人生の再出発 #40代女性 #40代からの挑戦 #自己肯定感 #自分を好きになる #心を整える
#自己理解 #AI #AI活用 #SNS発信 #ヨガ #ヨガインストラクター #ライトノベル #ラノベ #オリジナル小説 #創作 #note小説 #恋愛小説が好き #小説好きな人と繋がりたい #オーディオドラマ
#スタエフ #スキしてみて #恋愛
