紀貫之と清少納言「蟻通神社」法螺貝に一本の糸を通す【和歌山シリーズ/和歌山市周辺シリーズ/和歌山紀北シリーズ】
地元では「御霊さん」と呼ばれ親しまれている知恵の神様です。旧熊野街道大辺路沿いにあり、「神道集」に登場する古社。蟻通の由来は「法螺貝」に一本の糸を通すという難題を蜜と蟻を利用して通したことにより、今では知恵の神様としてあがめられている。境内にある楠の木は、街中にあるとは思えない程の大木で安政の大火の時に水を噴いて町を守ったという伝説が残っています。境内にはイチョウやエノキなどの大木もあり、賑やかな商店街に面してはいますが静かでくつろげる場所です。入口正面には黒い大きな馬の像があり、すぐ後ろの楠の木の周りにはふたつの牛の像とひとつの鹿の像が置かれており賑やかです。ここで気をつけたいのが、入口から見えているのは本殿の後ろ側で、ずっと奥に進み突き当たりを左に行ったところが本殿正面です。
蟻通神社と紀貫之公と清少納言
蟻通神社の御祭神がはじめて文献に登場されるのは、平安朝前期の歌人である紀貫之公の歌集『貫之集』(十世紀中葉成立)です。そこには「ありとほしの神」と貫之が織りなす説話と和歌が記されています。また、清少納言の随筆『枕草子』にも「蟻通の明神」説話が描かれており、少なくとも平安時代以降、蟻通しの神さまは広く世に知られる御存在であったことがわかります。
なかでも、蟻通神社と紀貫之公の伝承を最もくわしく記す書物が、南北朝時代中期に成立した説話集である『神道集』(全十巻五十話)です。『神道集』には、全国の著名神社約40社の縁起などが収録され、第七巻三十八に紀伊国田辺の「蟻通明神事(ありとおしみょうじんのこと)」が記されております。
大阪などにも鎮座します。
変更履歴
2026/08/30:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
公式HP:蟻通神社
アクセス:〒646-0031 和歌山県田辺市湊19−6
祭神:天児屋根命(蟻通大神)
知恵をはたらかされて国難を打開されたという故事(蟻通説話)から、「日本第一知恵の神」と称えられております。古くは「蟻通しの神」、「蟻通明神」とおよび申し上げました。太古より、紀州田辺の「地主神」としても厚く崇敬されております。
▼見どころ
→由緒
673年: 伝承によれば、唐の高宗が日本に「七曲がりの玉に糸を通せ」という難題を突きつけた際、一人の翁(または神)が蟻の腰に糸を結び、蜜の香りで誘導して見事に糸を通したという「蟻通説話」が生まれる。
766年: 社伝による創建。古くは「御霊牛頭天王(ごりょうごずてんのう)」と称され、会津川河口一帯(田辺平野)の地主神として崇敬される。
900年代前半: 歌人・紀貫之がこの社の前を馬に乗ったまま通り過ぎようとしたところ、馬が倒れて動かなくなった。貫之が和歌を詠んで奉納したところ馬が回復したという、和歌にまつわる伝説が残る。
1812年: 社名を「蟻通明神社」へと改称。
1868年: 神仏分離令により、正式に「蟻通神社」となる。
1873年: 西牟婁郡湊村の村社に列せられる。
1877年: 愛宕山の愛宕神社を合祀。
1903年: 八坂神社と住吉神社を合祀。
1910年: 山崎の八幡神社を合祀。
現在: 「日本第一知恵の神」として学業成就の祈願に訪れる参拝客が多く、10月には勇壮な「湊祭」が執り行われる。
はるか昔、ここ紀州田辺に外国の使者がやってきました。その使者は、
「今から出す問題を解いてみよ。もし解けなければ日本国を属国にしてしまう。」
といいました。そして、持ってきたホラ貝(七曲りの玉とも)を出して、その貝に一本の糸を通すことを命じました。
わが国の神々は、この難問にたいへん頭を痛めました。その時、ひとりの若い神さまが前に進みでて、
「私がホラ貝にその糸を通してみせましょう。」
といって、貝の口からどんどん蜜(みつ)を流しこみました。蜜は貝のなかの複雑な穴を通りぬけて、貝尻の穴へと流れだしました。そして、この若い神さまは蟻を一匹捕らえて糸で結び、貝の穴から追いこみました。すると、蟻は甘い蜜を追って複雑な穴を苦もなく通りぬけました。蟻の体には糸が結ばれていますから、ホラ貝には完全に糸が通ったのです。
これを見た外国の使者は
「日の本の国は、やはり神国である。」
と恐れ、その知恵に感服して逃げ帰りました。日本の神々は、たいそう喜んで
「わが国にこれほどの賢い神がいるのを知らなかった。」
といって、その若い神さまの知恵をほめました。
このことから、蟻によって貝に糸を通したこのお宮の神さまを、「蟻通しの神」と申し上げるようになりました。
今では日本第一の知恵の神とあがめられています。
→境内へ
17:00だったので駐車場への紋は閉まっていた・・。




神馬ですがお尻の穴がリアルです。立派な雄です。リアルですね!?

平安朝の歌人、紀貫之公が馬に乗ったまま当宮の前を通りすぎようとしたとき、馬が神社前で動けなくなってしまいました。そこで、貫之公が蟻通しの神さまに和歌を献詠すると、馬は再び立ち上がることができたと伝わります。
このことから蟻通宮の神馬は、困難にむかって再び立ち上がり前進する力を授けてくださる「再起復活」の馬として信仰されています。



→拝殿・本殿




→西宮大神宮
拝殿右ですね。大黒さんと恵比寿さんがいます。闘鶏神社と同じくですね。

蟻通神社の「えべっさん」・「だいこくさん」として親しまれる西宮大神宮では、毎年1月9日から11日に「十日えびす大祭」を執り行います。商売繁盛・家内安全の御利益をもとめて、遠方からも多くの人々がお参りされています。


エビス様¥は木槌でトントンしましょう!!

→稲荷社・社務所

→天満宮



京都・北野天満宮から、学問の神として名高い菅原道真公が勧請されています。社殿前の「撫牛(なでうし)」には病気平癒や心願成就の御利益があるとされ、牛像の頭を撫でると賢くなる、あるいは自身の体の悪い部分と同じ部位を撫でると症状が治癒するといわれています。
▼紀貫之と蟻通神社
蟻通神社は、平安時代の歌人・紀貫之とも深い縁を持つと伝えられています。
蟻通神社の御祭神が文献に登場するのは、平安朝前期の歌人である紀貫之の歌集『貫之集』(十世紀中葉成立)とされます。そこには「ありとほしの神」と貫之が織りなす説話と和歌が記されています。
また、清少納言の随筆『枕草子』にも「蟻通の明神」の説話が描かれており、平安時代にはすでに蟻通の神が広く知られていたことがうかがえます。
さらに、南北朝時代中期に成立した説話集『神道集』には、紀伊国田辺の「蟻通明神事」が収録されています。蟻通神社と紀貫之の伝承を知るうえで、重要な資料の一つです。
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
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和歌山の旅行記
▼セットで行くところ
▼仏像展
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