「30億を目指した八百屋が、100億企業になるまで」Note市原 VO.1
八百鮮の代表です。
28歳で起業を決意して、その一歩を踏み出した日、「30億の会社にする。」と自分に約束した。あれから15年の月日が経過し、僕は43歳になった。そして、会社は100億の会社になった。

いまどき商店街の八百屋がうまくいくはずない。と周りの人たちの反対を押し切って、「八百屋で起業する。」とはじめたのが株式会社八百鮮です。
小学生の頃より「社長になる」ことを夢見て、追いかけてきた僕が、八百屋の道を選んだのは、誰もやらないことにこそチャンスが隠れているという、いつか誰かから聴いて、なんとなく心の片隅に残っていた言葉を、謎に信じた結果かもしれません。
いまどき八百屋が流行るはずがないと言われれば言われるほど、僕の気持ちは盛り上がった。敢えてこの時代にアナログ的で古臭いにおいのする“八百屋”に妙にひかれた。

28歳で資金のかけらもなかった僕は、知り合いから恥を忍んで500万を借りて、事業をスタート。謎の成功する自信(若気の至り)は「30億の会社にする。」と気合だけは十分だった。大阪市福島区の商店街の一角に15坪のテナントを借りて僕たちの名もなき八百屋は幕をあけた。
しかし、蓋をあけてみるとそんな甘い世界ではなく、散々な船出。一日25万円売れるはずだった計画は、見るも無残に砕け散り、現実は5万円。朝から晩まで店を開けて、売上はたったの5万円。その当時は、レジを買うお金もなかったので、正確に客数はわからないが、おそらく100人くらいだったのではないかと思う。
ちなみにレジがなかったので、すべては計算機で精算し、手書きで領収書を書く。釣銭は青色のザルに突っ込んでおき、売上もそこに投げ入れていく。一日が終わると、全額を計算し、そこから準備した釣銭金額を差し引くとその日の売上が分かるという仕組み。今では考えられないほどアナログで、実に単純な仕組みだった。
売上金を握りしめて、翌日の仕入に向かう。売れた分を仕入れに回し、自転車操業的に資金を回し続けた。やっているうちに、売れるモノが分かってくる、売れる値段がわかってくる、置き方も工夫しはじめる、接客もましになってくる。何よりも、やっている本人たちが面白くてしょうがなかった。市場に行くと、沢山の商品が山積みだ。まるでお宝探しのように市場を歩き回り、安くておいしい商品を買い付けてくる、そこに少しの利益を乗せてお客さんに販売する。

「昨日のトマトおいしかったわよ。」とまた来てくれるお客さんが出てくる。「娘も連れてきてあげたわよ。」とお客さんがお客さんを紹介してくれる。一人だったお客さんは二人三人へと増えていく。それはそれはとても地味で地道なものだったけど、“いいもの安く”は確実にお客さんを増やしていく。ちゃんとした商売をしていれば、口コミでお客さんは増えていく。未熟で経営もクソもない努力と根性だけの創業だったけど、着実に手ごたえを感じていく日々に、未来へのワクワクは止まらなくなっていた。
少しずつ売上も上がってきた。5万円だった売上は、3か月後には20万を超えるようになった。いけるぞ!いけるぞ。毎日、その日の売上金をもって翌日に仕入に行く、20万売れれば、翌日の軍資金は20万。これがうれしかった。たくさん仕入れができれば、市場の仲買さんも喜んでくれる。それがうれしかった。

こうして3か月を経過すると、元手50万からスタートした手元資金は、60万に増えていた。粗利で10万ふえた訳だが、経営的には大赤字であり、悲惨な状態だった、新たな資金繰りの目処をつけるために走り回ったりもした。それでも50万だった商売は、60万の商売に増えている、100円の資金も10回まわせば1000円だ。
そこから15年間。
1号店は15坪から40坪に増床し、一日5万円からスタートした訳だが、15年経った今は400万を超える。年間売上は12億に迫る繁盛店になった。
それでも、僕たちのやることは今も変わっていない。魚や、お肉や、練り物なども置くようになり、お店は1店舗から10店舗に増えたり、15坪だった店は100坪を超えるような店を持つまでになったり、スタッフは200人を超えるようになったりで、規模こそ拡大したものの、市場に行って、宝探しをするかのようなワクワクした気持ちで仕入れをして、いいものを安く売る。たくさん売れれば、翌日の仕入はたくさんできる。たくさん仕入れれば、仲買さんも喜んでくれる。おいしいものを売れば、お客さんは喜んでくれる。お店が繁盛すれば、商店街に人通りも増えて地域に貢献もできる。会社が大きくなれば、社員の給料も増やせる。
何もないところから始めたこの事業は、みなさんのおかげで、ついに売上を100億円超えた。僕はこの事業から学んだことは、「人のおかげ」ということ。毎朝早く起きて、仕事に励んでくれる従業員を大切にしたいと真っ先に思った。買い出しさせてくれる仲買さんに感謝しない日はない。うちのような小さな店に毎日来てくれるお客さんのおかげで会社は変わらず続けることができている。

だから、会社の理念に三方よしの精神をうたった。仲間、取引先、お客様の3方向への感謝を忘れないように。三方に幸せ(感動)を提供できるような会社になることをバリューとしている。
「八百屋で起業する。」とはじめた株式会社八百鮮は、この15年の中で様々なことがあった(その紆余曲折は、またの機会に詳しく紐解いていきたいと思う。)。お陰様で、100億という大台を突破し、次なる目標である150億に向けてすでに始動している。気合以外何もなかった、名もなき八百屋がこうして成長してこられたのは、みなさんのおかげでしかない。これからも地味で地道な努力をひたむきにつづけていき、「こんな時代に八百屋で成功しやがった!」という驚きのある会社をつくっていきたい。
