見出し画像

【歴史散歩】紫陽花の先に、古い時間が残っていた。世田谷八幡宮を歩く

散歩動画はこちら↓

皆さん、こんばんは。夜叉丸です。
今日はですね、世田谷八幡宮を歩いていきたいと思います。

今回の散歩は、いきなり神社の境内から始まるというより、少し手前の景色から始めたいんです。

まず目に入ってきたのは、道沿いに咲く紫陽花でした。

淡い青と、まだ少し緑を残した花。
近づいて見てみると、ひとつひとつの花の色が少しずつ違っていて、街の中にありながら、ここだけ季節がゆっくり残っているように見えました。

神社へ向かう前に、こういう小さな景色に足を止めると、散歩の気分が少し変わります。

目的地へ急ぐというより、その場所に近づいていくまでの空気も、一緒に味わっていく。

今日はそんな感じで、紫陽花の余韻を少し残しながら、世田谷八幡宮の境内を歩いてみたいと思います。

入口まで来ると、まず境内の案内図が見えてきます。

本殿、神楽殿、授与所、手水舎。
そして少し奥には、土俵や厳島神社の池もあります。

地図だけ見ると、思っていたよりも境内に奥行きがあります。
ひとつの神社の中に、いくつもの表情が重なっている感じです。

赤い鳥居を見上げると、木々の緑が上から覆うように広がっています。

神社の鳥居は、外の世界と内側の世界を分ける境目です。
ここをくぐるだけで、足音の聞こえ方まで少し変わるような気がします。

もちろん、街の気配はすぐ近くにあります。
でも一歩入ると、木陰と石畳の静けさが、すっと前に出てくる。

この感じが、世田谷八幡宮の面白いところかもしれません。

大きく構えているというより、街の中に昔からある場所が、そのまま残っている。
そんな印象です。

境内を進むと、高良神社が見えてきます。


小さな社ですが、灯籠としめ縄がきちんと正面を作っていて、ここだけでもひとつの静かな空間になっています。

横には木々があり、奥にはさらに別の社が見えます。

こういう場所を歩いていると、神社というのは本殿だけを見る場所ではないんだな、と感じます。

石畳の道。
木の根。
灯籠。
社の屋根。

それぞれが少しずつ、境内の時間を作っている。

ふだん何気なく通り過ぎてしまうようなものも、立ち止まって見ると、ちゃんと役割があるように見えてきます。


本殿前に出ると、境内の印象が少し変わります。

木々の間から社殿が見えて、赤い柱と屋根の色が、緑の中に静かに浮かんでいます。

参道の先に本殿がある。

ただそれだけなのですが、まっすぐ歩いていくと、自然と姿勢が整うような感じがあります。

誰かに言われたわけではないのに、少し声が小さくなる。
足の運びがゆっくりになる。
背筋が、少しだけ伸びる。

神社を歩いていると、そういう瞬間がありますよね。

世田谷八幡宮は、八幡宮という名前の通り、八幡の神さまを祀る神社です。

御祭神は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。

八幡信仰は、武家からも篤く信仰されてきました。
そしてこの神社の由緒にも、ひとりの武将の名前が出てきます。

源義家です。


ここで少し、夜叉丸メモです。

由緒板によると、世田谷八幡宮の始まりは寛治5年。
西暦でいうと1091年と伝えられています。

源義家が奥州から戻る途中、この世田谷の地で雨にあい、天候の回復を待つために、しばらく滞在することになった。

そのとき、日ごろから崇敬していた宇佐の八幡大神をこの地に祀り、世田谷の人々にも、郷土の守り神として信仰するよう伝えた。

それが、世田谷八幡宮の始まりとされています。

ここからは、少し伝承の情景として見ていきます。


AI想像図
AI想像図

雨の中、足止めされた武士たち。
旅の途中で、予定通りには進めない時間。

その場所で祈りが生まれ、やがて土地の人々の信仰として残っていく。

今見ている本殿の静けさの奥に、そういう物語が重なっていると思うと、境内の見え方が少し変わってきます。

ただ古い神社がある、というだけではなくて、ここに立ち止まった人たちがいて、祈った人たちがいて、それを受け取ってきた土地の人たちがいる。

そう考えると、目の前の社殿が、少し違って見えてくるんです。

本殿から少し離れて、今度は厳島神社のほうへ歩いていきます。

赤い鳥居があり、その奥に小さな社。
周りには水があって、木々の影がゆっくり映り込んでいます。


ここは、今回の散歩でかなり印象に残る場所でした。

水面に光が反射して、ゆらゆらと動いています。
鯉が泳ぐたびに、その光が少しほどけて、また集まっていく。

木の枝が水の上にかかっていて、藤棚のようにも見えるその影が、池の上で静かに揺れています。

神社の境内にある池というのは、ただ景色としてきれいなだけではなく、その場所の空気をやわらかくしてくれる気がします。

鳥居の赤。
水面の黒と緑。
光のきらめき。

ここは少し、言葉を少なくして見ていたい場所です。

厳島神社の案内には、御祭神として市杵島比売命の名があります。


市杵島比売命は、弁財天と同じ神さまと考えられることもあり、知恵や財福、芸能、そして水にまつわる信仰とも結びつけられてきました。

けれど、ここでは難しい説明よりも、まずこの水の景色を見ていたくなります。

境内の中で、ふっと呼吸が深くなる場所。

そんなふうに感じました。

池を離れて、さらに境内を歩いていると、少し意外なものが見えてきます。

土俵です。

神社の境内に土俵がある。


最初に見ると、少し不思議に感じるかもしれません。
でも世田谷八幡宮では、この土俵がとても大事な存在です。

土俵を囲むように段があり、木々が上から影を落としています。

今は静かな場所です。
けれど、ここに人が集まり、声が上がり、相撲が奉納される場面を想像すると、境内の雰囲気が一気に変わります。

ここでまた、夜叉丸メモです。

由緒板には、源義家がこの地に滞在したとき、部下たちが相撲を行ったことが由来となり、江戸時代には「江戸三相撲」のひとつとして知られた、とあります。

そして今も、秋の祭りで奉納相撲が行われているとされています。

つまりこの土俵は、ただ後から作られた珍しい設備ではなく、この神社の由緒と深くつながっている場所なんですね。

ここからは、また伝承の情景として見ていきます。

旅の途中で足止めされた武士たち。
緊張をほどくように、あるいは神前に力を捧げるように、土の上で相撲を取る。

勝ち負けだけではなく、力を尽くす姿そのものを神さまに見せる。

そう考えると、相撲というものが、単なる競技ではなく、祈りに近い行いとして見えてきます。

世田谷八幡宮の土俵には、その古い記憶が、今も形として残っている。

さっきまで静かな境内を歩いていただけなのに、ここに来ると、急に人の声や祭りの熱気が想像されます。

散歩の中で、現在の景色と昔の情景が重なる。

今回の世田谷八幡宮で、いちばん面白いところは、この土俵かもしれません。

あらためて由緒板を見てみます。

寛治5年、1091年。
源義家。
宇佐の八幡大神。
そして奉納相撲。

散歩の最初に見たときは、境内のひとつひとつの場所が別々に見えていました。

紫陽花があって、鳥居があって、本殿があって、池があって、土俵がある。

でも本殿を見て、池を見て、土俵を見てから由緒を読むと、それぞれが少しずつつながっているように見えてきます。

八幡信仰の場所であり、武士の伝承が残る場所であり、地域の祭りと相撲が続いてきた場所でもある。

世田谷八幡宮は、大きな歴史を派手に見せるというより、境内を歩いているうちに、少しずつ奥行きが見えてくる神社だと思います。

最後に、手水舎のほうへ戻ってきました。


水のある場所は、やはり落ち着きます。

さきほどの池とは違って、こちらは参拝の前に身を清める場所。
同じ水でも、役割が少し違います。

本殿をもう一度見ると、最初に見たときとは少し印象が変わっています。

ただ静かな社殿というだけではなく、源義家の伝承や、奉納相撲の記憶、池の光や、境内の木々の気配まで、全部がこの場所の一部として見えてきます。

歴史を知るというのは、過去の情報を増やすことだけではなく、目の前の景色の見え方が少し変わることなのかもしれません。

今日は、世田谷八幡宮を歩きました。

紫陽花から始まり、鳥居をくぐり、本殿へ。
厳島神社の池で光を眺め、土俵で奉納相撲の記憶に触れる。

街の中にありながら、ここには古い時間が静かに残っていました。

ということで、今回はここまでにしたいと思います。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

それでは、また次の散歩でお会いしましょう。
夜叉丸でした。

いいなと思ったら応援しよう!

夜叉丸 もしよろしければ、チップでのご支援をいただけると嬉しいです。 いただいたチップは、クリエイターとしての活動に大切に使わせていただきます。 みなさまのお気持ちを無駄にせず、必ず良い形で作品や活動に還元してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。