悪いと思ってない『ごめんなさい』に意味はあるのか
子どもにとって「あやまる」って簡単そうに見えて、実はすごく勇気がいることだと思います。
そしてそれは、大人になればなるほど難しくなるもの。
そんなことを、今日あらためて感じる出来事がありました。
性格が真逆な兄妹だからこそ見えるもの
うちのにーさんとお嬢は、性格がわりと真反対です。
にーさんは少し繊細で、いわゆるHSC気質っぽいところがある。
一方でお嬢はというと、「ま、いいや」で切り替えられるタイプ。
どちらが良い悪いではないけれど、この違いが日々の関わりの中でよく表に出てきます。
今日はそんなお嬢との出来事でした。
幼稚園で疲れていたのか、少し機嫌が悪い様子。お風呂上がりに「風邪ひいちゃうからパジャマ着ようか」と声をかけたのですが、聞こえているはずなのに無視してタブレットでYouTubeを見続けていました。
“言葉で伝えてきたこと”をどう行動で見せるか
ぼくは普段から子どもたちに
「されて嫌なことは相手にしない」
「聞いてほしいならまず自分が聞く」と伝えています。
だからこそ今回は、あえて同じように“無視”という形で返しました。
もちろん冷たくするのは簡単ではありません。
でも、「自分がしたことが相手にどう伝わるか」を感じてほしかったんです。言葉だけじゃなく、体験として残ってほしいなと。
少し気まずい空気の中でご飯の準備を進めていると、お嬢がパジャマを着て近づいてきました。
そして、「パパ、さっきは無視してごめん」と半泣きで伝えてきたんです。
“あやまる力”は小さな積み重ねで育つ
ぼくは「無視されて嫌だった?」と聞きました。
すると、「話聞いてもらえなくて嫌だった」とちゃんと答えてくれました。
その瞬間、「ああ、ちゃんと伝わってるんだな」と感じました。
誰かに言われたわけでもなく、自分で気づいて、自分の言葉で謝りにきた。
その行動はすごく大きな成長だと思います。
もちろん、これで同じことがなくなるとは思っていません。
これからも何度も繰り返すと思います。
でも、そのたびに少しずつ“気づく力”や“あやまる力”が育っていくんだろうなと感じました。
まとめ
子育ては、こういう小さな出来事の積み重ねなんだと思います。
すぐに結果が出るものではないけれど、今日の「ごめんね」はきっとこれからにつながる一歩。
そしてふと、大人である自分はどうだろうと考えさせられました。
素直にあやまること、ちゃんとできているだろうか。
子どもに教えられることは、まだまだたくさんありそうです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 育児や家族のこと、時々仕事のことなど、日々の気づきを綴っています。
5分ほどの読み物として、そっと楽しんでいただけたら嬉しいです。 もし少しでも共感していただけたら、スキやフォローしていただけると──画面の向こうで、ひとり静かにガッツポーズしています。
