連載:メタル史 1985年⑩Accept / Metal Heart 情報編

1985年もいよいよ10枚目。本連載では4回目の登場となるドイツのAcceptです。
実のところ、このアルバムを取り上げるかどうかはかなり迷ったのを覚えています。というのも、Acceptというバンドが同時代において果たした役割として前作までは何かしら「メタル史において新たな地平を切り開いた作品」だったけれど、本作は守りに入ったというか、あまり新しさを訴求できてはいない。バンドとしては進化しているのだけれど、他の新しいバンドがどんどん出てきているんですよね。本作は完成度は高いけれど、(他の9枚に比べると)1985年の最前線ではない。当連載は最初に書いたように新規性、後続への影響を重視しています。そういう意味では前作までのAcceptの作品はインパクト大。ただ、1985年って次のスタイルへの過渡期とも言える年で、他に「絶対取り上げるべき」アルバムがなかったので本作を選びました。個人史的な名盤(A面曲のサビは全曲歌える)ではあるし、Acceptが停滞しつつも完成した作品と言えると思います。
でも考えてみると1981年時点の荒削りでまだメタルシーン黎明期のドイツから現れたAcceptが4年間で随分洗練されたものです。Helloweenのヴァイカートからは1986年時点のインタビューで「ScorpionsやAcceptみたいにセルアウトしたくない」と名指しされるほど。おそらくヴァイカートの念頭には洗練の度合いを増した本作があったのでしょう。前作から洗練の度合いが増していましたが、本作は本当に勝負作、商業的な成功を目指しつつ、自分たちの個性もオミットせずに深化させた作品だと思います。おそらく日本だと全カタログの中で一番人気のアルバム。
ただ、商業的勝負作でありながらセールス的には前作(Balls to the Wall)を超えられず。活動規模の維持はでき、ドイツ国内では前作以上のチャートアクション(前作59位、本作13位)大物バンドとしての地位を確立しますが、肝心のUS市場で振るわず。前作はRIAAのゴールドディスク(50万枚)を達成していましたが本作は届かず。US進出を狙っていたバンド活動がやや停滞してしまいます。

後に「Live in Japan」として再発
人気が高まった日本、名古屋での公演を納めたライブアルバム「Kaizoku-Ban」を1985年にリリースするも人気復活の狼煙にはならず。恐らく本作のプロダクションが洗練されすぎていたのでライブバージョンで曲の荒々しさを伝えたかったのでしょうがうまく行かなかったのでしょう。全6曲のうち4曲が本作からの曲ですからね。当時のライブ盤といえばベスト選曲的なキャリア振り返り的なものが多い中、新譜の曲のライブバージョンがメインという変則的な作り。「セルアウトした」とか言われたのがよほど癪だったのか。

なお、この「スタジオ盤だと整理されたプロダクション」「ライブ盤だと荒々しいサウンド」はScorpionsが成功したパターン。良くも悪くも同じ国から出てUSで成功した蠍団の後を追いすぎたかもしれません。
次作「Russian Roullete」では少し激烈性に振り戻すも中途半端な出来(こちらも日本では人気があります)でUS市場での存在感はさらに縮小。米国進出を焦るバンド内に亀裂が走り、バンドの創立メンバーであり看板と言えるボーカリスト、ウドダークシュナイダーの脱退という劇的な変化が起きてしまうことになります。ウドの脱退劇はかなりの衝撃ですね。そもそもウドが作ったバンドですし。ただ、バンドを追われたと言うより、その後のU.D.O.のデビューアルバムはAcceptのメンバーが全面的にサポートしているし、マネジメントも同一だったので双方話し合いの末、US進出するには違うボーカルを入れてみるべきだ、という話に合意したのでしょう。

結果として新ボーカルでUS市場に挑んだアルバム「Eat the Heat」はセールス的に惨敗しバンドは解散。その後、ウドが復帰して1993年に復活作を出すことになりますが、しばらくしたらまた脱退。現在はアメリカ人シンガーのマイクトーニロを迎えて活動中。トーニロ時代が恐らくドイツ及び欧州では一番人気があるので、こちらは結果として良かったのかもしれません。


ウルフの左手に結婚指輪らしきものが見えるので、すでに夫婦と思われる
右はバルテス
前も書きましたが昔からマネージャーで、作詞にも関わっていたDeaffyことGaby Hoffmann(ギャビーホフマン)はその名の通り、ギタリストのウルフホフマンの奥さん(いつ結婚したかは不明)なんですよね。Acceptはもともとウドのバンドでしたが、どこかのタイミングでバンドを実質的に運営するのがホフマン夫妻となっていったのでしょう。最初、Balls to the WallがUSで成功を収めたのはDeaffyの貢献も大きく(彼女が作詞に関わったことで一気に歌詞面では完成度が上がった、また、マーケティング等でもネットワークがあったのだと思われる)、そのあたりで発言力が変わっていったのかも。
本作はディーターディルクスのプロデュース。今までもディルクスの所有するスタジオで録音はしていたものの、ディルクス自らがプロデュースしたのは本作が初。それによって音楽的には明らかに洗練されています。プロダクションは整理され、各曲もフックがある。上述したようにリアルタイムでの評価では賛否両論(セルアウトした)あり、USでは前作ほどの成功を収められず、リリースした後の結果としてバンド分裂に向かっていってしまうわけですが、制作中はむしろバンドは上り調子。

メンバーチェンジがあり、ギタリストの片割れハーマンフランクが脱退し、ブレイカーで弾いていたヨルグフィッシャーが戻ってきていますが、過去のメンバーということもありバンドのアンサンブルは上々。時代を経るにつれてむしろ本作を最高傑作とする人も少なくありません。客観的に見れば80年代メタルのトップクラスのアルバムであることは間違いない。ブレイカーから本作までがAcceptの黄金期であったことは間違いないでしょう。Acceptの到達点とも言えるアルバム。
※はじめて当連載に来ていただいた方は序文からどうぞ。
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メタル史 1980-2009年
1980年から2009年までの30年間のメタル史を時系列で追っていきます。各年10枚のアルバムを選び、計300枚でメタル史を俯瞰することを…
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