連載:メタル史 1987年⑤VOIVOD / Killing Technology
Voivod / Killing Technology

(ヴォイヴォド『キリング・テクノロジー』)
1987年発表 / Noise Records
■背景と位置づけ
『Killing Technology』はカナダ・ケベック出身のスラッシュ/テクニカル・スラッシュメタルバンドVoivodの3作目。1987年4月2日リリース。
この作品から彼らは、攻撃性を保ちながらもプログレッシブ性を全面に押し出すスタイルへ転換し、後のAvant-garde Metalへの布石ともされる。既存のスラッシュにない実験性や構築性が高く評価され、「黎明期プログレ・スラッシュの名盤」と見なされている。

■デビューから本作リリースまで
Voivodは1982年、カナダ・ケベック州の工業都市ジョンキエールで結成された。メンバーはSnake(ヴォーカル)、Piggy(ギター)、Blacky(ベース)、Away(ドラムス/アートワーク)という布陣で、全員が地元出身。バンド名はMichel "Away" Langevinの考案による架空のSFキャラクター“Korgull the Exterminator”に由来し、初期からサイバーパンクや冷戦、終末思想といったディストピア的世界観を音楽とアートの両面で展開していた。

音楽的には、NWOBHMやハードコアパンク、初期スラッシュメタルからの影響に加え、King CrimsonやPink Floyd、(同郷、カナダロック界の巨星である)Rushといったプログレッシブロックの要素も早くから取り入れていた点が特徴的である。特にPiggy(2005年に死去・故人)はクラシック音楽や前衛音楽にも造詣が深く、不協和音を多用するコードワーク、変拍子を駆使した構造的な曲作りを行い、Voivodの音楽的骨格を形作っていた。
デビュー作『War and Pain』(1984)から『Rrröööaaarrr』(1986)を経て、1987年の本作では本格的にプログレッシブ・スラッシュの領域へと突入。ベルリンで録音されたこの作品は、従来のスラッシュの攻撃性を保ちながら、冷たく機械的なサウンド構築、不穏なテーマ、そして技術的な複雑さを備えた内容となっており、彼らの音楽性が大きく進化したことを示している。
同時期にはレーベルメイトであるCeltic FrostやKreatorとの欧州ツアーにも参加し、国際的な認知を獲得。Voivodはスラッシュメタルの枠に収まらない独自の表現を確立し、のちのCoronerやWatchtower、さらにはMeshuggahやOpethのようなバンドにも繋がる、いわばアヴァンギャルド/テクニカル・メタルの原型を提示した存在として、現在では再評価が進んでいる。

基本、Kreatorと回っていたようだがこの日はTankardも参加していた様子
■音楽性と特徴
ジャンル融合:従来のスピード/スラッシュ要素に加え、ピギー・コード(ギタリストのPiggyに由来)と呼ばれる不協和な進行や変拍子を多用。グリグやショスタコーヴィチなどクラシック的影響も見える。
サイバーパンクSFテーマ:冷戦やチャレンジャー事故、チェルノブイリなど現代的テーマをSF的視点で描写。その世界観はドラム兼アート担当のAwayによるアートワークとも一体化。
バンド独自性:Voivodは従来のメタルとは一線を画し、「Space Metal」「Technical Thrash」とも評される独創性を獲得。
■Noise Recordsとの関係
Voivodがカナダのバンドでありながら、ドイツのレーベルNoise Recordsと契約を結んだのは、偶然ではなくいくつかの要因が重なった結果だ。

まず、バンドが1984年にリリースしたデモ『To the Death』が、アンダーグラウンド・スラッシュ/スピードメタルのシーンで評判を呼んだ。当時Voivodは、ケベック州ジョンキエールという僻地に住みながら、独自に発展させたSF/終末思想的な世界観と、ノイジーかつ構築的なサウンドを武器にしていた。地理的には不利な立場だったが、その代わり彼らは自ら動く。1984年、地元モントリオールで「World War III Festival」を自ら主催し、Celtic FrostやPossessedなど海外バンドを招いた。このイベントは単なる地元フェスではなく、Voivodの音楽を世界に届ける布石になった。
このフェスに参加していたバンドの関係者やファンを通じて、VoivodのデモがNoise Recordsの創設者、カール=ウルリッヒ・ヴァルターバッハに届いた。当連載でも何度か取り上げている通り、Noiseは当時Helloweenをはじめ、Destruction、Kreator、Celtic Frostなどの初期スラッシュ/エクストリーム系バンドを積極的に契約していたレーベルで、革新性と個性を重視していた。もともとの出自がハードコア/パンクレーベルであったので、Voivodの「サイバーパンク×スラッシュ」という異質な音楽性は、その方針に合致していた。
1986年、バンドとNoiseは契約を交わす(※デビューアルバム『War and Pain』(1984)はNoise Recordsと契約前に作成されており、地元カナダのCobra Recordsからのリリース)。契約後、バンドはNoiseの本拠地である西ベルリンのMusic Labスタジオでレコーディングを開始。『Rrröööaaarrr』から『Killing Technology』にかけて、技術的な実験性を深め、バンドの方向性を決定づける転機となった。Noise側もアーティストの自由な表現を尊重するスタンスだったことから、少なくとも表現面においてはVoivodにとっては理想的なパートナーシップだったと言える(Noise Recordsは後にHelloweenと訴訟になるなど、条件面での契約はかなり乱暴だった様子)。

VoivodがNoiseと契約を結んだのは、ただの偶然や便宜ではなく、彼ら自身の自発的な活動と、レーベル側の先見的な嗅覚によって生まれた必然だった。カナダの片田舎から、ヨーロッパの独立系メタルシーンへ。『Killing Technology』の実験性は、まさにその移動と変化の産物だった。
なお、プロデューサーのHarris JohnsはMusic Labsを設立したプロデューサーであり、「Noiseのサウンドを司る“顔”」と呼べる存在。この時代のNoiseからリリースされた作品の多くを手掛けている。彼のスタジオと制作哲学は、80年代以降のヨーロッパ・エクストリーム・メタルの核となる音像を作り上げた。Voivodをはじめ、同レーベル作品の“実験性と硬質さ”は、彼の存在なしにはあり得なかった。
なお、彼はKreator、Sodom、Tankard、Exumer、Helloween(初期)、Voivodなどを手掛けたが、こうしたバンド群を中心に「Teutonic Thrash(チュートニック・スラッシュ)」と呼ぶこともある。Teutonicとはドイツ的な、ゲルマン的な、といった意味。Greman(ジャーマン)ではなく、Teutonic(チュートニック)なのは、ゲルマン民族の祖の一つとされるチュートン人に由来している。これは初期ゲルマン民族のようにプリミティブで獰猛、厳格、といったイメージを内包している単語らしい。欧米メディアが、アメリカ産とは異なるドイツ発のスラッシュを「Teutonic Thrash」と名付けた。Voivodはカナダのバンドなので、基本的にチュートニックスラッシュとはされないが、音像的には共通したものがある。「ジャーマンスラッシュ」ではなく「チュートニックスラッシュ」というと通な感じがするが、日本ではあまり通じなそう。僕は今回調べて初めて出会った単語。詳しくは英語版Wikiをどうぞ。

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