絵が生まれる時間
近頃、展示会ではライブ制作をすることが増えた。
最初から、何か特別な演出をしようと思って始めたわけではない。
展示会というのは、いつもお客さんが絶えず来てくれるわけではない。誰もいない時間もある。そんなとき、ただ座って待っているのも手持ち無沙汰なので、紙とペンを取り出して描き始めた。
せっかくなら、来てくれた人にも楽しんでもらえればいい。
そのくらいの気持ちだった。
ところが、やってみると意外なことが起きた。
完成した絵を見るだけではなく、私が描いている手元をじっと見ていく人がいるのである。
特に反応がいいのは、色鉛筆よりもペン画だ。
色鉛筆は少しずつ色を重ねていくので、制作途中の変化は比較的ゆっくりしている。
それに対してペンは違う。
白い紙の上に一本線を引く。
さらに線を重ねる。
黒い部分を入れる。
それだけで、さっきまで何もなかった紙の上に、急に形が現れてくる。
私は細かい描写が好きなので、ライブ制作ではサイボーグや歯車を描くことが多い。
小さな歯車を一つ描く。
その横に配線を描く。
金属の影を入れる。
さらに細い線を何本も重ねていく。
見ている人からすれば、白い紙の上から少しずつ機械の世界が立ち上がってくるように見えるのかもしれない。
あるとき、一人のお客さんが私の制作を見始めた。
特に話しかけてくるわけでもない。
ただ黙って、私の手元を見ている。
私はそのまま描き続けた。
十分、二十分。
気がつけば、その人は四十分近くそこにいた。
何も言わず、ひたすら見ていた。
私は少し驚いた。
完成した絵を四十分見る人は、そう多くない。
しかし、絵が生まれていくところなら、人は四十分でも見ていられることがある。
もう一つ、よく驚かれることがある。
「下書きしないんですか」
私は基本的に、鉛筆で下書きをせず、そのままペンで描いていく。
一度引いた線は消せない。
だから一本の線にも、それなりの緊張感がある。
描いている本人にとっては、長年続けてきた普通のやり方でも、初めて見る人にはそれ自体が面白いらしい。
子どもが来たときには、少しアニメっぽい絵を描くこともある。
子どもはまた反応が素直で、線が増えるたびに「あ、耳ができた」「次は何色?」と声を上げる。完成を待ちきれない様子で、絵が変わっていくその過程そのものを楽しそうに見てくれる。
展示会というのは、完成した作品を並べる場所だけではないのかもしれない。
画家がどこに線を引き、どこを黒くし、どうやって一枚の世界を作っていくのか。
手持ち無沙汰だから始めたことが、いつの間にか展示の一部になっていた。
私にとっては何十年も繰り返してきた日常の作業だが、誰かにとっては初めて見る出来事である。
そして、ときには壁に掛かった完成作品よりも、今まさに一本の線が引かれる瞬間のほうが、人を長く立ち止まらせる。
絵は、完成した瞬間だけが面白いのではない。
生まれていく途中にも、ちゃんと人を惹きつける時間があるらしい。
