AIが安くなったのに請求額は増える——「ジェヴォンズのパラドックス」が企業を直撃【通勤通学ビジネス勉強】
こんにちは。先週、GoogleがAIサブスクリプションを$4.99に値下げしたニュースをお伝えしました。「AIが安くなる時代が来た」という話でした。しかし今週、Fortune誌が全く逆の話を伝えています。「トークン価格は90%以上下落した。なのに企業のAI支出は倍増している」——これはなぜなのか。1865年に提唱された「ジェヴォンズのパラドックス」がAI時代に蘇っています。
何が起きているか:Uberは4ヶ月でAI予算を使い切った
2026年、多くの企業でAIコストが想定外の規模に膨らんでいます。
最もわかりやすい例がUberです。同社の最高執行責任者Andrew Macdonaldは、2026年のAIコーディング予算を4月の時点でほぼ使い切ったと明らかにしました。Claude Codeの利用が急拡大した結果です。Uberはその後、社員1人あたり月額**$1,500(約22万円)**のAI支出上限を設けました。
Uberだけではありません。
Microsoft:開発者向けに有効化したClaude Codeのライセンスを、わずか数ヶ月後に取り消し
Priceline:Cursorというコーディングツールの契約更新が4〜5倍の価格で戻ってきた
ある大企業(未公表):社員の使用量制限を設定し忘れたために、**Claude請求が$5億(約720億円)**に達していたと報告されている
あるCTO(TechCrunchの取材に匿名で回答):「うちのエンジニアが先月$40,000分のトークンを使った。止めるべきなのか、全員に同じようにやれと言うべきなのかわからない」
「Tokenmaxxing」とは何だったか
この現象の背景には、**「Tokenmaxxing(トークンマキシング)」**と呼ばれる文化がありました。
MetaやAmazonなどの大企業が「AIをとにかく使え、コストは気にするな」と号令をかけ、社員はAIツールを可能な限りフル活用するよう奨励されました。「トークンを燃やせ、速く動け、後で考えろ」という空気です。
2025年後半に登場したAnthropicのClaude Opus 4.5、OpenAIのGPT-5.1、GoogleのGemini 3 Proなど高性能なエージェント系モデルの普及が、消費量を一気に押し上げました。
FinOps Foundation(クラウドコスト管理の標準化団体)のExecutive DirectorであるJ.R. Stormentはこう語ります。「4月・5月に企業から次々と話を聞いた。『2026年のトークン予算の3倍を、4月の時点で使い切ってしまった』。会話は一気に変わった。『tokenmaxxing』『速く行け』から、『ガードレールが必要だ、どう制御するか』へ」。
「ジェヴォンズのパラドックス」が蘇る
ここで登場するのが、Apollo chief economistのTorsten Slokが警告する「ジェヴォンズのパラドックス」です。
1865年、英国の経済学者William Stanley Jevonsはこんな観察をしました。ワット蒸気機関によって石炭の使用効率が上がったとき、石炭の消費量は減るどころか急増した。より効率的になったことで、より多くの人が石炭を使うようになったからです。
Slokはこれが現在のAIにも当てはまると言います。「トークンが安くなると、企業は節約するのではなく、より多くのAIエージェントを動かし、より多くのワークフローを自動化し、より多くのコードを生成する。知性の単価が崩壊しても、集計支出は増え続ける」。
数字がこれを裏付けています。Bain & Co.の調査によると、2024年12月から2025年12月の1年間で、トークン単価は半減しました。しかし同期間にトークン消費量は450%増しています。エンジニアリング管理プラットフォームのJellyfishの調査では、エンジニア1人あたりのトークン消費量が9ヶ月で18.6倍に増えています。
シリコンデータのトークン支出指数(Silicon Data Token Expenditure Index)によれば、トークン単価が2023年比で90%以上下落した一方、LLMへの総支出は昨年末から2倍になっています。
「モデルが安くなる。使用量が増える。請求額は下がらない」
Bain & Co.のアナリストはレポートをこう締めくくっています。「The models get cheaper. The usage gets heavier. The bill stays stubbornly high(モデルは安くなる。使用量は増える。請求額は頑固に高いまま)」。
OpenAIのエンタープライズ責任者Alexander Embiricosはこの変化を如実に表現しています。「6ヶ月前は顧客との会話が『これは何ができる?性能は十分か?』だった。今は全く違う。『なぜこんなに支出が多いのか?可視性はあるか?監査できるか?トークンコントロールはどうするか?モデルの効率は?』という会話になっている」。
Priceline(旅行予約大手)のIT Finance責任者Chris Reedはさらに辛辣です。「クラック(麻薬)中毒の広がりに似ている。最初は無料で試させて依存させる。気づいたときには抜け出せなくなっている」。
「FinOps」がAIトークンにも来る
クラウドコスト管理の世界では「FinOps」という概念が確立しています。クラウド支出を可視化・最適化するための文化・プロセスの枠組みです。
この動きがAIトークンにも拡大しています。Linux Foundationは6月、Tokenomics Foundationの設立を発表しました。AIトークンのコスト管理に関する標準・仕様・指標を策定する団体です。正式ローンチは7月を予定しています。
Salesforceの最高可用性責任者Nishant Guptaはこう評します。「トークン経済学は、これまでこの規模で管理してきたものよりも根本的に抽象的で不透明だ。クラウド向けに産業が構築した運用筋肉とは異なるものが必要だ」。
Goldman Sachsは、2030年までにグローバルなトークン使用量が24倍になると予測しています。
💡 日本のビジネスパーソンへの示唆
「安くなる=コストが下がる」は幻想
6/15にお伝えしたGoogleの値下げは朗報のように見えました。しかしジェヴォンズのパラドックスが示すとおり、安くなれば使用量が増え、結果として総コストは増える可能性があります。「AIサービスのコモディティ化」と「企業のAI支出増加」は矛盾しません——両方が同時に起きる可能性があります。
「ROIを測れているか」が問われる時代
Jellyfishの調査では、AIを最も多く使うエンジニアは少ない人より生産性が約2倍でした。しかしトークン消費は10倍です。つまりROIは一概には高くない。Jellyfishの研究者はこう指摘します。「最大のROIは、重度ユーザーをさらに高く押し上げることではなく、大勢の中程度ユーザーを低から中程度に移すことにある」。
「AIの使い方」から「AIの測り方」へ
Bain & Co.は将来の企業のOpEx(営業費用)構成を「人件費70%+トークン30%」と予測しています。AIが電気代のように固定的なコストになる時代に向けて、「いくら使っているか」「何に使っているか」「どれだけROIが出ているか」を管理するための仕組み・文化・ツールが競争力の要素になります。
クラウドのコスト管理ができている企業がクラウドを有利に使えたように、AIのコスト管理ができている企業がAIを有利に使える時代が来ます。これは技術投資と同等に重要な、経営の問題です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。もしよければスキやコメントで教えてください。
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