『人情紙風船』

山中貞雄、28歳の遺作となった映画である。
素晴らしく安定した構図の画面と、左右に調和が取れた人間の動き。建造物と河岸のレイアウトと奥行き。その美しく端正なたたずまい。
明らかに舞台芸能に敬意と対抗意識を持って、映画でしか描けない画面を作ろうという野心に満ちている。舞台の袖から誰かが出てきて、反対の袖へ誰かが消えていく。あるいは挑戦的なまでに奥から全面まで走ってくる人物がいる。
つまり画面の快楽というものを確信している。
目線の低さもまたかぶりつきだと思えば、この上なく贅沢なものだ。映画は誰もが最高の席で同じ場面を見ることができる魔法の光だ。観客はその幸福の画面を飽きることなく眺めるだけで良い。この上なく至福の瞬間に浸れる。
物語は雨上がりの快晴の日から始まり、雨の日と晴れの日を繰り返して、また快晴の朝を迎えて終わる。暗い室内からまぶしいばかりの屋外へ印象的に切り替わる。3つほどの人情劇がゆるやかに絡み合い、ほぼ同時に結末が現れる。その幕切れの切れの鮮やかさが、かえって不穏な空気を残す。
紙風船が画面の端に映る、その軽妙さとはかなさ。野暮ったい男との対比。粋な男との類似。かけおちへの希望。命のメタファー。そんな風にいかようにも仮託することができる。
仮託しなくとも、紙風船が画面にある間は重苦しさはいっとき解放されている。と同時に、壊れやすいものとしての脆さが充満している。この目に見えない空気の動きは、最後に町の人々の生活に欠かせない川に、その輝きに飲み込まれる。
そうやって、動かないものと、動くものが同時になにがしかの見ることの喜びを与えてくれる。
これはそういう美しい映画である。

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