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【多様性の尊重】その感覚ってどうやって身につくの?


Hello みなさんこんにちは。
世界をかけるフードプロデューサー、やすなです。

ここ最近、ちょっと重めのテーマを書いています。
というのも、自分の経験を赤裸々に書いたときほど、みなさんに「届いてる」感覚が強いので、だから今日も本音全開でいきます。

(コメント、密かに待っています…👸)


多様性って言うけど、その視点ってどこで身につくの?

「多様性」「ダイバーシティ」。
ここ数年で、よく耳にする言葉になりました。

でも正直、このテーマを深く考えたり、誰かと本気で語り合った経験がある人ってどれくらいいるでしょうか?私はというと、世間とは完全に逆で、私にとってここ2,3年の大きなテーマです。

その理由は3年ほど前。
東京から約10年ぶりに地元へUターンした際に起こった、数々の地元でのカルチャーショックです。

・え、今の時代にこんな価値観ってある?
・これ、どの時代の話してんの?!
・こんなこと聞いてくるなんて相当やばいで!

そんな出来事が立て続けに起こりました。


地元で体験した“プライベートへの不法侵入”

Uターン後の最初の1年間、地元から一度も出たことがないという方々と仕事をする機会がありました。20代、40代、50代…いろんな世代の人がいました。

そこで私は、東京での職場とは違う場面に日々直面することになります。

※先に断っておきますが、東京がすごいとか、地元が劣っているとかそのような話をしたいのではありません。地元にも良識ある人はたくさんいます。

  • プライベートを根掘り葉掘り聞かれる

  • 明らかにハラスメントなのに、誰も気づいていない

  • コンプライアンス違反レベルの発言が普通に飛ぶ

そして何よりも衝撃だったのは、日々私が感じる違和感を“おかしい”と思っている人がほとんどいないことでした。

そう、彼らにとっては無意識なのですが、私にとってみれば(いや、現在の世論を反映すれば)完全なるプライベートへの不法侵入であり、現代の世論からしてみたらヤバヤバです。

そんな出来事が起こるたびに、東京の友人に話をしました。
この友人は、同じ地元出身で、東京と海外で長く働き、日々外資系で鍛えられています。

私:今日、こんなこと言われてんけどさ〜。
友人:ちょっと、それはあかんわ。それは訴えられるレベルやで。とやはり私と同じ反応を示します。
私:せやんな〜。でもさ、誰もそれをおかしいと思ってへんねん

あまりにも、自分の感覚と違いすぎて、"私のほうががおかしいんかな?”と錯覚までおぼえるほどです。

少なくとも私たちは学生時代から地元の窮屈さを感じて外へ出ていったタイプ。
だからこそ、この地元の“変わっていなさ”に落胆しつつも、同時に
「どうにかしたい。いや、どうにかせなあかんよな」という思いが強くなっていきました。


外へ出ることの重要性


私は地元生まれ地元育ち。両親も大胆に地元から出たことがないような家庭で生まれ育ちました。

両親との会話は、自分たちの決まりきったモノサシで物事を判断するので、柔軟性や多様性の尊重なんて話とは程遠いく、そしてとても頑なな考え方でモノの見方もひどく偏っており、それに飽き飽きします。

そこで気づいたのです。

広い視野を持ちましょう!広げましょう!というけれど、そもそも経験する場がなければ、視野は広がらない。
ずっと井の中の蛙ちゃん🐸では視野なんてそう簡単には広がりません。
いくら、SNSやWebで世界各国の情報が取得できようとも、価値観や考え方は簡単にはアップデートされないのではないでしょうか。

多様性を尊重しよう!というけど、“自分とはまったく違う価値観を持つ人や世界に放り込まれてこそ。初めて知覚できるとおもうのです。

・環境が変わる
・価値観が違う人と出会う
・会話をする
・価値観や考え方の違いに、衝撃を受ける
・時に傷つきつつも、学びを得る
・そして、少しずつジブンもアップデートされる

この積み重ねで、初めて人は自分の枠を広げていける。
そして確実に、私自身もこの過程を経て今があるように思います。


人との出会いが未来を切り開く


ここまでの経験を経て思うこと。
・人は、出会いで世界を広げられる。
出会いで、自分の枠を広げられる。
出会いで、未来が豊かになっていく。

でも実際、異なる世代、異なる国籍、異なる価値観を持つ人たちが、安心して語り合える場所も出会える場所も、実はほとんど日常にはありません。

だから私は今、食を通したソーシャルデザインに力を入れて取り組んでいます。
食を通して、人と社会の“つながり”と“幸福実感”を底上げするソーシャルデザイン——
Social Table Design / Food Communication。

人との出会いによって視野が広がり、自分らしさを発見でき、未来がひらけていく。そして幸福実感があがっていく。

そんな場所を、今つくろうとしています。


そんなわけで、
多様性の尊重が社会で、本当の意味で当たり前になるには、知識や言葉だけを振りかざすのではあまり意味がないように思えてなりません。

ひとりひとりが様々な経験して、いろんな人と出会って、価値観を揺さぶられながら、少しずつ器がひろがっていく。その積み重ねで育っていくもの。

そして、一人一人の器がアップデートされた先に、
やさしい社会がつくられていくようにおもいます。

なんか、この投稿の結論をどのようにまとめようか。答えがでませんでした。読み返してみて、またどこかでアップデートしていこうと思います。


というわけで、今日はここまで。

みなさんの日常に、幸あれ!

良い週末を🍀

🔸stand.fmもやってます📻✨


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