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休職中に感じた家族との距離感|同じ家にいるのに、分かり合えなかった


休職して家にいるのに、家族の前で落ち着けない。
心配してくれていると分かっていても、そのひと言が責められているように聞こえる。
僕は、こんなに苦しいのに。



あなたにも、家族に分かってほしいのに、かえって距離を感じてしまったことはありませんか。

僕にも、そんな時期がありました。

休職すれば、家族と一緒にいる時間は増えます。

同じ家にいる。
毎日、顔を合わせる。
言葉も交わす。

それなのに、僕は家族との距離が近くなったとは思えませんでした。

むしろ、気持ちは少しずつ遠くなっていったように感じます。

家にいても、頭の中から仕事が離れません。

いつ会社へ戻れるんやろう。
元の仕事をさせてもらえるんやろうか。
上司や同僚は、僕をどう見ているんやろう。

休んでいるはずなのに、心はずっと会社の中に取り残されたままでした。

家族と同じ部屋にいても、気持ちはそこにいなかったのかもしれません。







「ちゃうねん」と思っても、説明できなかった



両親からは、こんな言葉をかけられました。

「やる気出しや」
「根性ないな」
「自分の息子として恥ずかしいわ」

今でもはっきりと覚えています。

両親なりに、僕を奮い立たせようとしたのかもしれません。

つらくても会社へ行く。
働けるうちは働く。
我慢するのは当たり前。

そんな時代を生きてきた両親にとって、仕事へ行かず家にいる僕の姿は、理解しにくかったのでしょう。

このままで大丈夫なんか。

そんな心配もあったのだと思います。

今なら、少しはそう考えられます。

でも、当時の僕にそんな余裕はありませんでした。

「やる気を出せ」と言われても、出せないから苦しんでいる。
「根性がない」と言われると、自分でも本当にそうなのかもしれないと思ってしまう。

体は動く。
普通に話もできる。
食事もできる。

それなのに、会社へは行けない。

「ちゃうねん。そういうことやないねん」

心の中では、何度もそう思いました。

けれど、「では何が違うのか」と聞かれると、僕自身もうまく説明できませんでした。

家族に悪気がないと分かっていても、その言葉が責められているように聞こえたことはないでしょうか。

心が弱っているときは、励ましの言葉まで痛く感じることがあります。

僕も、そうでした。


僕は今日を、家族はこの先を見ていた


妻からは、

「これからの生活はどうするん」
「このままじゃ会社に戻りにくくなるよ」
「近所の人に恥ずかしいわ」

と言われました。

子どもからは、

「お父さん、休めていいな」

と言われたこともあります。

近所の人からは、

「旦那さん、仕事ずっと行っていないようだけど、どうしたん」

と聞かれたこともありました。

どの言葉も、当時の僕には重く響きました。

ただ、今になって考えると、僕と家族では見ていたものが違っていたのだと思います。

僕は、その日を何とか過ごすことで精いっぱいでした。

朝起きられるか。
今日も会社のことを考えずにいられるか。
自分は元に戻れるのか。

一方で、家族が見ていたのは、この先の生活です。

給料はどうなるのか。
休職はいつまで続くのか。
以前の暮らしに戻れるのか。
まさか、仕事を辞めてしまうのではないか。

僕は「今日」を見ていた。
家族は「この先」を見ていた。

どちらも不安でした。

でも、お互いの不安が違う方向を向いていたから、同じ家にいても分かり合えなかったのだと思います。


僕も「大丈夫」としか言わなかった


家族との距離が開いた理由を家族の言葉だけにすることはできません。

僕も、自分の気持ちをほとんど話していませんでした。

会社へ戻るのが怖い。
自分でも、どうしたらいいのか分からない。
今は励まされることもしんどい。

本当は、そう言いたかったのだと思います。

でも、言えませんでした。

弱いと思われたくなかった。
これ以上、心配をかけたくなかった。
何より、会社へ行けない自分を、僕自身が認めたくありませんでした。

だから、聞かれても、

「大丈夫や」
「もう少ししたら戻れる」

と答えていました。

大丈夫ではないのに、大丈夫と言う。

それでは、家族にも本当の状態は伝わりません。

当時の僕は、

「どうして分かってくれへんのや」

と思っていました。

でも、家族の方も、

「何を考えているのか分からへん」

と思っていたのかもしれません。

あなたにも、心配をかけたくなくて「大丈夫」と答えたのに、その言葉のせいで、かえって分かってもらえなくなった経験はないでしょうか。


近くにいる人の言葉ほど痛くなる


休職中は、自分しか見えなくなることがあります。

僕も、そうでした。

けれど家族もまた、この先の生活しか見えなくなっていたのかもしれません。

本人は自分の苦しさで精いっぱいになる。
家族は生活への不安で精いっぱいになる。

近くにいるから分かってほしい。
近くにいるから、少しくらい言っても大丈夫。

お互いに、そんな思いもあったのでしょう。

でも家族だからこそ、その言葉が深く刺さることがあります。

そして、一緒にいる時間が長くなったからといって、自然に分かり合えるとは限りません。

同じ家にいるのに、ひとりでいるように感じる。

あの頃の僕は、そんな寂しさを抱えていました。


あの頃、ひと言だけでも言えていたら


もし、あの頃に戻れるなら、僕は家族にこう伝えたいです。

「今は、自分でもどうしたらいいか分からへん」

立派に説明できなくても、それだけでよかったのかもしれません。

家族にも、

「どう接したらいいか分からない」
「この先の生活が心配なんや」

と、そのまま言ってもらえたら、少しは受け止め方が違ったと思います。

僕は、

「今はしんどい」
「少し待ってほしい」
「どう声をかけたらいいか分からない」

それだけでも言えていたら、家族との距離は少し違っていたのかもしれません。

もっとも、当時の僕には、その短い言葉さえ出てきませんでした。

今、休職中で、家族との距離を遠くに感じている人もいるかもしれません。
家族に分かってもらえず、同じ家にいるのに、自分だけが取り残されたように感じているかもしれません。

でも、本当に気持ちが離れてしまったとは限りません。

今、休職中で、家族を遠く感じている人もいるかもしれません。
家族に分かってもらえず、同じ家にいるのに、自分だけが取り残されたように感じているかもしれません。

でも、本当に気持ちが離れてしまったとは限りません。

本人も家族も、それぞれの不安で精いっぱいだった。
僕は「今日」を見て、家族は「この先」を見ていました。

その違いに気づくまで、僕はずいぶん時間がかかりました。



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