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短編百合小説(1話完結)『飛翔!!コロッケ』

 スーパーのお惣菜コーナーには、色々なお客さんがやって来る。私たち店員は気にしていないようにみえて、案外、お客さん達を見ているのだ。だから、よくお店に来る人のことは結構記憶している。

 
 しがない一店員である私にも、最近気になるお客さんがいる。


 仕事帰りに晩ご飯を買うため、来店するのであろう。オフィスカジュアルにパンプス、軽くセットした髪。見目麗しいお姉さんである。


梓皐あずさちゃん、見て。あのお客さん今日も来てるわね!」


 ベテランのパートさんにコソッと耳打ちされる。


「今日はコロッケをおすすめしてきます」

「いいじゃない!いってらっしゃい!」


 手元のバットには、揚げたて黄金色のコロッケがお行儀良くパックに詰められ、山盛りになっている。私は、お姉さんが揚げ物エリアの前に到着する頃合いを逆算して、大量のコロッケと共に売り場へ出た。さも偶然ですよと、顔を作って。


 数ヶ月前、お姉さんがしばしばお店に通っていることに気がついてから、私は度々「いらっしゃませ!」と突撃すべく売り場へ走った。から揚げ、ハンバーグ、イカリング、メンチカツ……色々な商品を、お姉さんにアピールし、おすすめする日々。

お姉さんは、にっこりと微笑んでおすすめの商品を買ってくれる。しかも、私の作った商品を「美味しかったですよ。さすがお惣菜の店員さんですね」と褒めてくれるのだ。店員冥利に尽きるのひと言である。

そのうち、好みも分かってきた。メンチカツの並ぶ日は必ず買って帰る。そして、セットでサラダも購入する。しかも、シーザードレッシング付きがお好きなようだ。たまに、焼き鳥を塩1本、タレ1本ずつ購入することだって私は知っている。今度はちゃんと皮かモモか部位までチェックしよう。

すっかりお姉さんへのおすすめ大作戦に火が付いてしまった私。


 今日も、山盛りコロッケを両手にお姉さんとの会話の機会を、今か、今かと待つ。


 コツコツコツ。


 お姉さんの足音が近づいてきた。見なくてもそのリズムから分かるようになってきた。神経を研ぎ澄ませて、身構える。どのタイミングで声を掛けようか。


「こんばんは。そのコロッケ、もしかして揚げたてですか?」

 

 なんと!
 今日はお姉さんから声を掛けてくれた。初めてのことだ。嬉しい、嬉しいと、脳内のミニ梓皐あずさたちが踊り出す。現実の私も完全に舞い上がっていた。


「いらっしゃませ!はい、揚げたてですよ!」


 一気に私の意識はお姉さんに吸い寄せられた。早くこの熱々を届けたい。それ以外のタスクが頭から飛び去る。


「今日のは特に、ほくほくで―」


 お姉さんの方へ勢い良く身体を回した。しかし、笑顔を向けたその瞬間、重いバットを支える手元が身体に追いつかなかった。バットがグラッとゆらつく。


――ガサ、ドッサーッ!!



♢♢♢♢
 
 しまった、と思ったときにはもう遅かった。


 お姉さんとは反対側へ、コロッケたちが吹雪のように舞い散る。スローモーションかのようにゆっくりと、コロッケの軌跡が私の網膜に焼き付いていく。しかも運が悪いことに、コロッケ達が飛んでいった先には別のお客さんがいた。

それも、クレームで有名なお客さん。


「ちょっと!何すんのよ!」


 売り場に響き渡る怒号。凄まじい剣幕で睨み付けられる。


 血の気が引いた。何か言わないと。でも身体が硬直して動かない。床に散乱したコロッケが、自分のしでかした惨状を嫌でも実感させてくる。なおさら、頭がフリーズしてあらゆる理解を拒んでいた。


「バックが油まみれじゃない!何してくれるのよ!こんなにぶちまけて!」

「すみません、すみません……」


 謝るしか出来なかった。いや。口が、パクパクと動くだけで正直、声が出ているのか分からない。何より隣にお姉さんがいるのに、こんな惨めな姿、見られたくなかった。


「あの、店員さんもわざとじゃ……」


 お姉さんが助け船を出してくれた。情けなくて、お姉さんの顔を見られない。


「何?あんたもグルなの?!」


 しかし、その甲斐むなしく、火に油を注いでしまった。お姉さんに対して、激昂が浴びせられる。

いよいよ、頭が真っ白になり、目眩で視界がグワングワンと揺れる。

その後の記憶は朧気で、よく覚えていない。


♢♢♢♢

 昨日は、パートさんが店長を呼び、何とかあの場が治まったらしい。


「そんなに気を落とさないで、梓皐ちゃんは毎日頑張ってるんだもの。ちょっとくらい大丈夫よ」


 翌日、出勤した私は抜け殻のようだった。お姉さんを巻き込んでしまったことが、何より辛い。きっとお姉さんは、私の失態に引いてしまったに違いない。もう顔向けできないよ。

しかし、無慈悲にも今日も世の帰宅時間が始まる。


 コツコツコツ。


 遠くから響く知っている足音。今は「いらっしゃませ!」とその人の目前に舞い出ることはできない。


「お姉さん、来たわよ。梓皐ちゃん、行かないの?」

「…今日は、ちょっと」


 顔を見て話せる自信など1ミリも無かった。


「分かったわ!おばちゃんに任せなさいな」


 パートさんの接客を、店の奥から眺めることしかできない。レジへ向かうお姉さんと目が合うけれど、軽い会釈が限界。


「結局、話せなかった……」


お姉さんにもっと商品をアピールしたいのに、話したいのに。このまま、ずっと気まずかったらどうしよう。


「すみません……さっきお姉さん、何か言ってましたか?」


パートさんに探りを入れる。きっと悪いニュースが降ってくる。


「梓皐ちゃんと話したがってたわよ。「大丈夫?」って、見るからに元気ないんだもの」


 あれ?予想に反して答えが明るい。
 白い紙切れが突き出される。


「これ、梓皐ちゃんに」


 紙を開く。見たことなど無いはずなのに、お姉さんの字だと分かった。


『いつも店員さんに力をもらっています。コロッケも美味しかったですよ。無理しないで、頑張ってね。貴女の接客のファンです。』


 商品を買ってもらえた喜び。褒めてもらえたうれしさ。

しかし、それ以上にあったかい炎がポッと私の内側に灯った。

揚げたてほかほかをそっと手渡してもらったときのような、パック越しに伝わるほのかな温かさに似た優しさ。


 既に会計を済ませ、店を出ようとするお姉さんに追いつく。


「すみまっせん!」


 息の切れた私の呼び止めなど、店の喧噪がかき消してしまう。
今、伝えないと。思わず手が伸びる。


「……あれ?店員さん?」


お姉さんの視線は私の顔と、掴まれた手首を行ったり来たりする。 
話せないままなんて、このままじゃ寂しいよ!
これを伝えるまでは、拙く掴んだこの華奢な手首は離すまい。


「私もっ。いつもお店に来てくれて、美味しいって言ってくれて、お姉さんに接客するの、楽しいです!これからも、私のおすすめ聞いてもらえますか……?」


にっこり、お姉さんは微笑んで。


「えぇ、素敵な晩ご飯にしてちょうだいね」


 さっきより強火で、あったかい炎がポッと灯る。きっとこの先消えるとこは無いだろう。
さっそく、明日のおすすめ商品を確認しに行かないと!


『飛翔!!コロッケ』完


最後までお読みいただきありがとうございます!
次回、8/21(金) 1話完結の短編小説を掲載します。

【TALESにも掲載しています】

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