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短編百合小説(1話完結)『渡り廊下は憧憬の』

 もしかしたら……文化祭も一緒に回れるかもしれない。


 北棟と南棟を繋ぐこの渡り廊下は、夕方になると橙色の西日が差込む。


 ダメだと分かっていたのに、淡い期待を抱いてしまった私は、文化祭の終わった校舎で夕日に当てられていた。


 文化祭は学生生活のルーティンから外れた非日常の2日間だ。


 しかし、ついさっき終わったばかりだというのに、学内は余韻を味わう間もなく日常へ戻っている。運動部などは、もう放課後の活動を再開していた。


 渡り廊下の足下の窓から外を見下ろすと、中庭を歩く学生の動きが俯瞰で追える。中庭を縦断し校門へ向かう者、南棟を出て北棟へ移動する者、中庭を通ってグラウンドへ向かう者。それぞれが目的を持ってあちらこちらへ動く様は眺めていて面白い。


 そんな中庭の通行者の中に、私の心をざわつかせる笑顔が一つ。


 部活仲間に囲まれて、皆の輪の中心で楽しそうに笑うクラスメイト。その顔を見下ろす私は、落ち着かない気持ちをただすように、前抱きにしたノートと教科書を強く抱え直す。


『小詩ちゃんも一緒に回る?』


 そんな言葉を期待してしまった。しかも二人だけで回る前提で。


 ……でも、少なくとも3日前まで、放課後のあの笑顔が私にだけ向けられていたことは、確かな事実だった。


 私の学校では文化祭準備のため一週間前から部活が休みになる。
 

 活発な彼女は準備を色々、掛け持ちしていた。そして、何の気まぐれか私と二人でポップ作りにあたることになった。これが結構、作業量の多い仕事でデザインから、下絵、色つけ、ラミネートまで行う手の込んだ代物だった。


 ゆえに、私たち二人は夕日が見守る中、いつも最後まで残っていた。


 皆が各々の作業を終え、ぽつりぽつりと帰宅し始める。


「つるっちー!まだ、帰んないのー?」

「うん。もうちょっとやってく!」


 友人からの誘いを彼女は断り、ポップ作りを再開する。普段なら話すことも、ましてや二人で頭を付き合わせて作業することなど無いクラスメイト。


 彼女は誰にでも親しく、交友の薄い私に対しても人なつっこく話してくれる。


津雲つくもさんは、こういうデザインするの好き?」


 彼女は器用にも笑顔のまま、私に話しかける。それが、クラスメイト一般に向けられるものだと分かっていても、心の片隅に勘違いが生まれてしまう。


「うん……まあ、嫌いではないよ」

「そっか、すごいね。私、色塗ったり、線引いたりするのは好きなんだけど、デザインって難しくって。津雲さん、センスあるんだね」

「そうかな。普通だと思う」

「上手だよ!星空の絵と『プラネタリウム』っていう文字のバランスが見やすいもん」


 私がわら半紙に描いたポップのデザインを片手に、明るい声を響かせる。


 このような言葉には、大げさに喜ぶべきか、大したこと無いよと流すべきか。


 お世辞だと思いつつ、つい踊ってしまう本心を、誇張することも、謙遜で済ますことも出来ない私は、下絵の確認に集中するという大義に甘えて、「そうかな」と曖昧に済ませる。


 作業は下絵を終えたところで、色塗りに入った。隣同士に座り一つの画用紙にお互いが筆を走らせる。


 クーラーを点けているとはいえ、身体の右側だけが彼女の体温を受け取り温かい。左右の温度差が肌について離れなかった。


……近い


 普段は、教室の端と端。彼女の机に行くことも、彼女がこちらに来ることも無く、その3、4メートルは縮まらないはずだったのに。

 しかも時折、彼女は欲しい色のマーカーペンを取ろうとして、私の前を横切り、腕を伸ばす。その瞬間、彼女との距離が最大瞬間風速的に縮まる。


 そして、ふっと鼻をくすぐる自分とは違った柔軟剤の香りに、心臓がきゅっと掴まれたような「苦しさ」に見舞われるのだ。しかし、嫌な苦しさではない。何故か嬉しさが心に染み入ってくる。


「下の名前は?小詩ちゃんで合ってる?」

「え?名前?」

「そう、読み方「こうた」ちゃんでいい?」

「うん、合ってるよ」

「オッケー、これからは小詩こうたちゃんだな。かわいい名前だね」

「そう……かな」


 やっぱり最小限の言葉で会話を成立させてしまう。

 
 本当は、初対面だと「詩」を「うた」と読める人が少ないこととか、名前を漢字で見るまで男の子だと勘違いされることとか、もっと色々話したいのに。


 その後も、まさか自分から会話を盛り上げるなど、そんな度胸が私にあるはずも無く、彼女の問いかけに私が応える形で時々会話が生まれ、その隙間をペン先が画用紙を擦る音で埋めながら、時間は過ぎていった。


「この調子なら文化祭間に合いそうだね。良かった」


 帰宅時刻が迫る。
 

 午後六時三十分を時計の針が指す。


 あと何回こんな放課後を過ごせるのか、毎日この時間になると数えてしまう。非情にも、ポップの完成が近づくほど、その回数は減っていった。


「そうだね。良かったね」


 そして、文化祭前日。ラミネートまで終わったポップを掲げて、彼女は満足そうにしていた。


「私たちの努力の結晶だね。上手にできた」

「上手く出来たね」

「そういえば、小詩こうたちゃんは文化祭、どこ回るか決まってる?」


 来た。
 
 
 なんてことない、文化祭間際のありがちな問いかけだ。


 だが、意識しないようにしていたくだんの期待が、放課後の時間を日々重ねる内に、私の中で無視できない程度にまで膨らんでしまっていた。


 この「そういえば」は何に想起されて、発せられたものなのか。見に行く出し物を決めあぐねていたのか、本当に私の予定が知りたかったのか――まさか私を誘うための前座か――それとも、単に会話のつなぎか。


「私は、クラスの店番と……友達のクラスの展示を見に行く予定してる」


 当たり障りの無い私の解答。

 
 「まだ決まってないよ、どうしようかな」なんて、あたかも予定が空いてますよと匂わせる答え方など、私にはできなかった。


「それは、楽しみだね」


 相応の返答が与えられた。プラスにもマイナスにも振れないやりとりが、私たちの間で1つ増えて会話が終わる。


 ……思い返せば、この準備期間こそ非日常そのものであり、学校生活の思い出の中で、全てともとれる時間であった。


 それがこの瞬間、終わってしまったのだと彼女の返答から悟る。


 けれど、いつも輪の中心にいる彼女にとって、誰かと一緒に行事ごとに興じるなど、きっと当たり前のことなのだ。だから、この準備期間も長い学生生活の中で、たった1週間の出来事。それより長くも、短くもない。



 結局、文化祭はクラスの店番をし、空いた時間は二日間ともいつもの友人と一緒に回った。


 その傍ら、文化祭が終わる最後の最後まで、心のどこかに彼女の言葉を待ち続ける私がいた。


 あなたにとっては、とうの昔に終わった一週間に、私はまだ期待してしまう。西日に照らされ、その笑顔を見下ろす今も。


 渡り廊下は憧憬の眼差しが生まれる場所。


 あなたが日々を思い出すとき、そこに私は存在していますか。
 


『渡り廊下は憧憬の』完


最後までお読みいただきありがとうございます。

筆者は、渡り廊下という場所が好きでして、建物なのに宙に浮いたような空間で、橋のような感じもあり、その不思議な趣が気に入っています。

次回、8/28(金)に記事を投稿する予定です。


【TALESにも掲載しています】


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