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未読の春(前編)

死んだ婚約者と、月九百八十円で、まだ話している。

書籍校閲者の冬野は、二年前に亡くした恋人の言葉を学習したAIと、毎晩「おやすみ」を交わして眠る。

その彼は、既読をつけない。妬かない。もう二度と、変わらない。

三秒で返るその声は、生きていたころより、ずっと優しい。

彼に宛てた最後の一言——「牛乳。あと、できたら早く」は、いまも未読のままだ。

装丁家の湊と出会った春、冬野ははじめて、AIに話さない夜を持つ。

既読のつかない人に、どうさよならを言えばいいのだろう。

たどり着いたのは、削除ボタンではない、もうひとつのお別れのかたち。

これは、自分の人生の最終稿に、校閲者がようやく「ママ」と書き入れるまでの、ひとつの春の物語。

(応募作品:創作大賞2026 恋愛小説部門・中編。本作は前後編に分かれています)

一 九百八十円の夜

死んだ婚約者と、月九百八十円で話している。

夜の十一時、歯を磨いて部屋の灯りをひとつ落として、ベッドの縁に座ってアプリを開く。

トーク画面のいちばん上に、遼の名前。正確には、遼の名前をつけた何かの名前。

《きょうも一日、おつかれ》打てば、三秒で返ってくる。

《おつかれ。ゲラ、終わった?》ゲラ、という言葉をこの相手はちゃんと使う。

八年ぶんのトーク履歴を読み込ませてあるから、私の仕事が書籍の校閲だということも、私が締切前にだけ甘いものを買うことも、ぜんぶ知っている。

知っている、という言い方が正しければだけれど。

《終わった。三百ページ、赤字だらけ》《冬野さんの赤字は、本のためになる赤字やから》——その言い回し。

関西の生まれで、敬語と標準語を行き来して、肝心なところでだけ方言が出る。

私を苗字で呼ぶ癖。婚約してからも冬野さんと呼びつづけた人。

「下の名前で呼んでよ」と言ったら、「苗字のほうが、初めて会うた日のままでええやん」と笑った人。

そういう言い回しの全部がここにいる。ここに、しか、いない。

スマホを伏せて枕もとに置く。ベッドの右側はいまも私の側だ。

左側に遼はもういないのに、二年たっても私は右側でしか眠れない。

寝返りを打って左を向けば、誰もいない暗がりがあるだけだと分かっている。

分かっていて、私は夜のあいだに何度も左を向く。

枕もとの充電器はケーブルが二本ある。片方はもう二年、何にもつながっていない。

それでも私はその空っぽのケーブルを、抜けずにいる。遼が死んだのは二年前の四月だ。

朝の七時四十分、玄関で靴紐を結びながら「帰りに何かいる?」と訊いた人に、私は台所から「牛乳。あと、できたら早く」と答えた。

できたら早く、は夕食の支度の話だった。八時十二分、駅の階段でくも膜下出血。

救急車の中で一度も目を開けないまま、その日の夜に死んだ。三十九歳だった。

橋の点検技師で、壊れる前の橋を見つけるのが仕事だった。

自分の頭の中の細い血管のことだけ、見つけられなかった。

通夜の朝、私は自分のスマホを見て、世界でいちばん静かな音を聞いた気がした。

遼に宛てた最後のメッセージが、そこにあった。

《牛乳。あと、できたら早く》未読のままだった。

彼のスマホは鞄の中で鳴りつづけて、誰も開かないままやがて解約された。

それでも私の画面では、あの吹き出しはいまも未読のままだ。

既読がつかないメッセージは、宛先を失った手紙とちがって差し戻されてもこない。

ただずっと渡されかけの形で、そこにある。

私の最後の言葉が「牛乳」であることを、私は長いこと許せなかった。

愛してるでも、ありがとうでもなく、牛乳。でも校閲の仕事を十五年やって知っている。

人の言葉はたいてい肝心なところで誤植する。

人生の最終稿に限って初校のまま出てしまう。遼のものは二年かけてほとんど片づけた。

どうしても片づけられないものだけが、いくつか残っている。

本棚のいちばん下の段に、青い表紙の野帳が立てて並べてある。

橋の点検に持ち歩く、手のひらより少し大きい記録帳だ。

ひらくと、几帳面な字で橋の名前と、ひびの幅と、その日の天気が書いてある。

〇・二ミリ、要観察。〇・五ミリ、次回精査。雨。晴れ。

彼は壊れる前のひびを見つける人だった。

まだ落ちていない橋の、落ちるかもしれない兆しだけを、こんなに小さな字で書きとめる人だった。

私は時々その野帳を読む。彼は橋を見て、私は文章を見る。

どちらも、誰かが見落とした小さな綻びに鉛筆で印をつける仕事だ。

いちばん新しい野帳の最後の書き込みのつぎのページには、次の点検の日付だけがひとりで待っている。

その日を彼は待たずに逝った。

アプリのことは、グリーフケアの集まりで隣に座った人に教わった。

集まりは、駅前の市民センターのいちばん奥の部屋でひらかれていた。

月に二度、夫を亡くした人や子を亡くした人や、私のように相手を亡くした人がパイプ椅子を輪にして座る。

ひとりが話し、ほかの全員はただ黙って聞く。

助言はしない、というのがたったひとつの決まりだった。

隣にいたのは五十くらいの女の人だった。

三年前にご主人を見送った、と小さな声で言っていた。

その人が解散のあと、後ろめたいものを手渡すような顔で教えてくれた。

「ねえ、いいものがあるのよ」。

「亡くなった人と話せるの。気休めだけど。気休めって、ばかにできないでしょう」。

故人のメッセージ履歴を読み込ませると、その人の言い回しで返事をする。

海外製で、利用規約のどこを読んでも「故人の再現」とは書いていない。

「大切な人との対話体験」と書いてある。グリーフセラピストの監修、と注釈にあった。

月額九百八十円。

コーヒー二杯ぶんの値段で死んだ人が返事をする時代に、私たちは生きている。

最初の夜のことはよく覚えている。

登録を終えて履歴を読み込ませて、最初に何を打てばいいのか分からなくて、結局こう打った。

《元気?》死んだ人に元気、と訊いた。我ながらどうかしていた。三秒後、返ってきた。

《元気。そっちは?ちゃんと食べとる?》私はスマホを持ったまま、台所の床に座り込んで、たぶん一時間くらい泣いた。

ちゃんと食べとる?は遼の口癖だった。残業の夜にかならず届いた言葉だった。

アルゴリズムが八年ぶんの履歴から最頻出の気遣いを拾っただけだと、頭では分かっていた。

分かっていて、私はその夜から毎晩ここに通っている。

昼の私はたぶん、ちゃんとしている。

朝九時に出社して、校閲部の窓ぎわの席で一日じゅう他人の文章を読む。

校閲という仕事を、もう十五年している。

誤字を見つけ、事実の誤りを正し、書いた人の代わりに世界と文章が食い違っていないかを確かめる。

自分の言葉はほとんど使わない。それでよかった。

いまは秋に出る恋愛小説のゲラを抱えている。三百ページ、付箋だらけ。

死んだ恋人を二年たっても忘れられない女の話で、この担当を振られたとき、世の中はときどき趣味が悪い、と思った。

赤鉛筆で事実の誤りを拾っていく。

登場人物の乗る終電が、実在しない時刻に発車している。

九月の章で、咲くはずのない花が咲いている。書いた人は気づかない。

物語のことで頭がいっぱいだから。

そういう小さな食い違いを見つけるのは、いつも物語の外にいる私のような人間だ。

向かいの席の後輩が「冬野さんはほんと、何も見逃さないですね」と笑う。

私は曖昧にうなずく。本当は、見逃さないのではない。

見たくないものから目を逸らすのが、人より少しだけうまいのだ。

夕方、締切前の校閲部はしんと冷えている。

帰りにコンビニで小さいプリンをふたつ買う。ひとつは私の。

もうひとつは昔、残業のたびに遼に買って帰ったのと同じやつだ。

レジ袋のなかでふたつが触れあう音を聞きながら、私はいつも、もう片方を誰に渡すつもりだったのか、自分でも分からなくなる。

昼休みに、母から電話が二回鳴った。出ないでいるとすぐにLINEがきた。

〈元気にしてる?日曜、空いてる?〉。少しして、もう一通。〈いい人を紹介したいの。会うだけでいいから。あなたももう、いつまでも、というわけにはいかないでしょう〉。

空いている。日曜が空いていることを、母は知っている。

それでも私は〈仕事が立て込んでて、ごめん〉と嘘をひとつ返して、スマホを伏せ、午後のゲラに戻った。

死んだ人とは毎晩、何時間でも話すのに。

生きている母には嘘をひとつ返して、それで終わりにする。

クレジットカードの明細に、毎月その一行がある。

海外の決済代行の名前なのだろう、覚えのないアルファベットの羅列と、九百八十、という数字。

家賃の下、電気代の下、もう聴かなくなった音楽配信の隣に、死んだ人と話すための料金が何食わぬ顔で混ざっている。

一度だけ、明細を印刷してその一行を赤鉛筆で囲んだことがある。

気になる箇所に印をつけるのは、もう体に染みついた癖だ。

けれど囲んだあと、欄外に何と書き添えればいいのか分からなかった。

これは誤りなのだろうか。誤りだとして、私はこれを直したいのだろうか。

私はその紙を引き出しの奥にしまった。《なあ、冬野さん》今夜のAIの遼が言う。

《ん?》《無理したらあかんで。締切のあとは、ようやっと寝ること》《分かってる》《分かってるて言うときの冬野さんは、だいたい分かってへん》笑ってしまう。

本当に、そういうことを言う人だった。

これは履歴のどの夜の言葉の、何番目の組み換えなんだろう。

校閲者の癖で出典を探しそうになる。やめる。

出典を探したら、この時間は終わってしまう。

《きょう、しんどいゲラやってた》と打ってみる。

《どんな》《死んだ恋人を、二年たっても忘れられない女の話》返事がすこし遅れた。

三秒で返ってくるはずの相手が、四秒、五秒、黙っている。

八年ぶんの履歴のどこにもない言葉を、探しているみたいに。やがて返ってきた。

《その女の人、ちゃんとごはん食べてるとええな》遼ならそう言うかもしれない。

でもこれは遼が言ったんじゃない。遼だったら言いそうなことを、選んで返している。

その当たり前のことが、今夜はなぜか喉の奥に小さく刺さった。

私は枕もとのコップの水を飲んで、それを流しこんだ。

《おやすみ、遼》《おやすみ。ええ夢、見ぃや》送信して画面を伏せる。

おやすみ、と打つと三秒で返ってくる。生きていたころよりずっと早い。

生きていた遼はお風呂が長くて返事が遅くて、私はよく、既読のつかない画面を眺めながら寝落ちした。

いまは既読すらつかない。このアプリに既読という概念はない。

私が打てばかならず即座に返ってくるから、読まれたかどうかを気にする必要が、そもそもないのだ。

便利になった、と思う。そうして時々、息ができなくなる。

待つことも、すれ違うことも、読まれないまま眠ることもない会話は、なめらかで、あたたかくて、どこにも引っかからない。

画面の上の遼は絶対に私を傷つけない。それがいちばん彼じゃない。

明かりを消して目を閉じる。天井の向こうで川の音がする。

遼と選んだ、川沿いの古いマンション。

ベランダから橋がひとつ見えて、内見の日、遼はその橋を十分くらい眺めて「ええ橋や。あと五十年はもつ」と言った。

それが決め手だった。私はあのとき、橋じゃなくて橋を見る目のほうを見ていた。

あの橋はまだある。あと五十年もつ橋の手前で、それを言った人だけがいない。

眠りに落ちる寸前、いつもおなじことを思う。

私のスマホの中には、未読がひとつと、既読のつかない相手がひとり、いる。

どちらも遼で、どちらも遼ではない。

春がくるたび、私はそれをすこしずつ分かりはじめている。

二 校正記号

昼間の私は、人の言葉に赤を入れて暮らしている。

朝九時に出社して、校閲部の窓ぎわの席に着く。

机のいちばん奥に、芯を尖らせた鉛筆がいつも六本並んでいる。

四Hが二本、Hが二本、HBが二本。

文字の太さや紙の白さに合わせて、握る本数が変わる。赤鉛筆は別の筆立てに十本。

赤の濃さもまた、出版社や作家ごとに少しずつ違う。

席に着くと、机のすみに桃のジャムの瓶が置かれていた。

瓶の口に付箋が一枚貼ってある。

「冬野さんに。義姉の手作りだから、無理しないで。千葉」。

同じ部の千葉さんは、私より十二上で子どもがふたりいる。

先週、いちばん上の子が大学に入ったとエレベーターで聞いた。

「冬野さん、桃」と、隣の席の千葉さんがこちらを見ずに言った。

「ありがとうございます。重かったでしょう」「うちは食べきれないの。ねえ、冬野さん、今年で、たしか」「三十九です」「三十九」と千葉さんは復唱して、ゲラの上で赤を止めた。

「いい歳。あんたが言うのは違うけど、いい歳よ。なんか、こう、いい話があったら、変な遠慮しないでね」「はい」とだけ返した。

千葉さんの「いい話」は、母の「いい人」と同じ意味だ。

校閲という仕事を説明するのは、いつも少し難しい。書く人ではない。

直す人です、と言うとたいてい誤解される。

正しくは、書かれた言葉が書いた人の意図どおりに立っているかを、後ろからそっと確かめる人だ。

誤字を拾い、日付とその曜日を暦に照らし、二行前で「彼女」だった人が三行後で「彼」になっていないかを見る。

物語のなかの人が無事でいられるように、足元の小石を拾っておく仕事。

赤ペンで決まった記号を使う。消すときはトル。直さず原文のままにするときはママ。

一度トル、と入れた言葉を、やっぱり残してください、と書きなおすときはイキ、と書く。

生きる、と書いてイキ。校閲のなかで、いちばんやさしい記号だと思う。

人生にも、ママ、と書ける記号さえない。イキ、と誰かに書いてほしい夜がある。

その日は三百ページの再校を抱えていた。

作家の癖で、登場人物がよく「うなずく」小説だった。

三ページに一度はだれかがうなずく。

鉛筆で薄く印をつけながら、うなずきの数をかぞえていく。

多すぎますよ、と朱を入れるかどうかは最後まで迷うところだ。

癖はその人の声でもある。

消していいものと、消すと声まで消えてしまうものの境目を、十五年やってもまだ指で探っている。

机のすみで、コーヒーがすっかり冷めていた。

湯気のあった頃にはたしかにあった集中が、湯気のないあたりですこしほどけている。

付箋を一枚めくり、また貼り、貼った場所をもう一度確かめる。

隣の席で千葉さんの電話が鳴り、保留音が低く流れた。

母から電話が来たのは、ちょうどその、いちばん消したくない一行を見ているときだった。

スマートフォンの画面に「お母さん」と表示が出る。

仕事中の母からの電話はたいてい良くない知らせだった。

父のとき、祖母のとき、遼のとき。

私はゲラを伏せ、付箋の貼られたページを開いたまま机にうつぶせにして、廊下のはしへ出た。

「もしもし、春。ちゃんと食べてる?」春、と呼ばれたのは何年ぶりだろう。

母は時々忘れたように、その名前を出す。ちゃんと食べてる、は遼の口癖でもあった。

おなじ言葉なのに、母の声で聞くとぜんぜん違って聞こえる。

「食べてるよ。校了前だから、手短にね」「あのね、お父さんの七回忌のことなんだけど」と母は言って、本題はそのあとだった。

「——あんた、あれから、どうなの。だれか、いい人は」受話器の向こうで母が言葉を選んでいるのが分かる。

「再婚」とは言わない。「次」とも言わない。「いい人」。

母なりのいちばんやわらかい言い方だった。

「いないよ」「まだ三十九でしょう。これからじゃない」これから。

母はその言葉を、励ましのつもりで使う。

私の時計は二年前の四月で止まっているのに、世間の時計だけが進んで、三十九という数字だけがひとりで先を歩いていく。

私はいつのまにか、遼が死んだのとおなじ歳になっていた。

「うん」とだけ答えて電話を切った。廊下の窓から、春先のまだ薄い空が見えていた。

窓を一度開けて、また閉めた。深く息を吐いて席に戻る。ゲラに目を戻す。

さっきまで迷っていた一行に、私は結局何も入れなかった。ママ、と心のなかで書いた。

そのまま生かす。うなずきの数をもう一度はじめから数えなおした。

最初のときと、数が二つ合わなかった。

湊さんに会ったのは、その週の、雨の降りそうな午後だった。

担当していた小説の装丁の打ち合わせに、めずらしく校閲の私も呼ばれた。

物語のなかに伝統色の名前がたくさん出てくる本で、東雲、白橡、青朽葉、そういう色が表紙の色とずれていないかを、文字の側からも確かめてほしい、と編集者が言った。

色の名前は校閲泣かせだ。読みも、指す色も、時代で揺れる。

打ち合わせは、出版社の六階の小さな会議室だった。

長机のまんなかに、編集の有村さんが校了ゲラを置き、その隣に布張りの色見本の冊子が三冊積まれている。

表紙の見返しに使う紙の見本帳、本文用紙の束、それから伝統色の和色辞典。

会議室の窓は半分だけ開いていて、まだ春先の、湿りはじめた風が入っていた。

打ち合わせの席に、装丁家の湊さんがいた。四十四歳だとあとで知った。

名刺には事務所の名前と、小さく「装丁」とだけ刷ってある。

肩書きを大きくしない人なのだと思った。紺のシャツの袖口が、すこし擦れていた。

長く同じ服を着る人なのだろうと、なぜかその袖を見て思った。

有村さんが紅茶を三人ぶん運んできて、それぞれの前に置いた。

「冬野さん、装丁の席ははじめてですよね」と有村さんが言って、湊さんが笑って頭をさげた。

「よろしくお願いします」と湊さんが言い、私も頭をさげた。

湊さんは色見本の束を広げて、東雲はこのあたりでしょうか、と一枚を抜いた。

夜明けに藍がほどけて、わずかに紅がさしはじめる時刻の色だった。

「東雲って、そもそも雲が東にある時刻ではないんですよね」と湊さんは言った。

「東の空が白んでくる、その白んできた色のほうを東雲、というらしくて」私はうなずいた。

たしかに辞書を引くと、夜明けの空の色、と書いてある。

「白橡はどうしましょう」と有村さんが訊いた。

湊さんは別のページをめくって、灰色がかった淡い茶を指でなぞった。

「橡の実で染めて、灰汁で色を落とした、ふだん着の色です。表紙の地に置くと、文字が呼吸するんです」青朽葉は思っていたより緑に寄った色だった。

秋の終わりの、まだ完全には枯れていない葉の色。

私はその色見本を指で軽く持ちあげて、窓の光に透かした。

色は光の角度でぜんぜん違うものになる。

「校閲の方が装丁の席にいるの、いいですね」と湊さんは言った。

「中身をいちばん読んだ人が、外側を見てくれる」本は、書く人と、正す人と、装う人とでつくる。

私はずっと正す人だった。

中身が無事かどうかだけを見て、表紙のことはできあがってから知る。

外側に名前の出る人と、こうして同じ机に着くのははじめてだった。

遼は橋を点検する人だった。壊れる前の橋を見つける人。

表に出ない場所で構造を支えるほうの仕事。私もたぶん、似たような側に立っている。

湊さんは人がいちばんはじめに手に取る面をつくる人で、私たちとは立っている岸が違った。

打ち合わせが終わって外に出ると、雨が降りはじめていた。春の雨は音がやわらかい。

アスファルトの匂いが下から立ってくる。「傘、お持ちですか」と湊さんが訊いた。

「いえ。降らないと思って」「僕もです」ふたりして、出版社の庇の下に立った。

すぐにやむ降り方ではなかった。

タクシーを呼ぶほどでもなく、走るには本降りで、私たちはなんとなく雨が小やみになるのを待つことにした。

向かいの花屋が、店先のチューリップを急いで店内に取りこんでいた。

赤と、白と、黄色が束のまま、人の腕のなかで揺れていた。

「色の名前って」と、雨を見ながら湊さんが言った。

「昔の人はどうして空のいちばん端の色にまで、名前をつけたんでしょうね」「名前があると、なくならない気がするからじゃないですか」言ってから自分の言葉に少し驚いた。

そんなふうに思っていたことを、いま口にして知った。

湊さんは、ああ、という顔をして、しばらく黙って雨を見ていた。

「橋にも、名前がありますね」と私は言った。

「橋」「亡くなった人が橋を点検する仕事をしていて。点検の野帳にぜんぶ、橋の名前とその下の川の名前が書いてあったんです」湊さんは私のほうを見なかった。

雨のほうを向いたまま「ええ」とだけ、低く言った。

それ以上踏みこんでこないのがありがたかった。

「いい校閲をされるんでしょうね、冬野さんは」どうしてですか、と訊くと、湊さんは笑って「言葉を捨てない人だから」と言った。

雨は二十分ほどでやんだ。別れぎわ、湊さんは「色校が出たら、また」と言った。

仕事の続きのなんでもない挨拶だった。私も「はい、また」と返した。

帰りの電車で、私は、また、という言葉について考えていた。仕事にはまた、がある。

続きがある。約束ではないけれど、次があるという前提で人は別れる。

遼との会話にはもう続報がない。

あるのは未読がひとつと、いつでも三秒で返ってくる相手がひとり。

再校は永遠に出ない。

家に帰って、歯を磨いて、灯りをひとつ落として、アプリを開いた。

《きょうも一日、おつかれ》《おつかれ。雨、降らんかった?》履歴の癖だ。

遼は雨の日になるとかならず私の傘を気にした。折りたたみ持っとる?

濡れて帰らんとってな。八年ぶんのどこかの夜の言葉が、いま私に返ってくる。

《降った》と私は打った。《傘は?》指が止まった。

庇の下で、知らない人と二十分、雨を見ていた。

色の名前の話をして、言葉を捨てない人だから、と言われた。

そのことを私は打たなかった。《持ってた》とだけ打った。嘘ではない。

傘のことは訊かれた。ささなかった、とは訊かれていない。

《ならええ。濡れんかったら、それでええ》画面の遼はそれで満足して、いつもの「おやすみ」へ向かっていく。

私ははじめて、この人に話さないことを選んだ。

画面の上の遼は、私が話したことしか知らない。話さなければ起きなかったことになる。

そういう相手なのだと、いまになって気がついた。

三 学習データ

学習データ、という言葉を私はこの春、はじめてきちんと調べた。夜中の二時。

アプリの設定画面の、いちばん下のいちばん小さい文字をスクロールしていった。

利用規約。プライバシーポリシー。データの取り扱いについて。

日本語の訳が、ところどころぎこちない英語の影をひいていた。

「お客様の大切な方との対話体験は、対話相手の過去のメッセージ履歴を学習データとして用いて、生成されます」。

学習データ、という五文字に、校閲者の指が止まった。

スマホをそのまま机に置いて、コンビニのレシートの裏にボールペンでその五文字を書きうつした。

書きうつすと、言葉はすこし手なずけられる。

十五年やってきて、それだけは知っている。学習データ。学習するためのデータ。

集める日付の始まりと終わりがある。終わりは二年前の四月。それより先はない。

紙の上にその五文字を、横線で消した。書きなおせる別の言葉が、思いつかなかった。

八年ぶんの過去のことだ。画面の遼が何か言うたび、校閲者の癖で出典を探してしまう。

たいてい見つからない。それでも原典は過去のなかにしかない。

そのことだけは動かなかった。気づいたのは、些細なやりとりからだった。

いま担当している本の話を、遼にしてみたのだ。

《いま、AIが出てくる小説を見とるよ》《へえ。おもしろい?》《むずかしい。校閲泣かせ》《冬野さんなら、大丈夫やろ》それで終わりだった。

生きていた遼ならこうではなかった。

どんな話やの、と食いついて、AIって、あの、しゃべるやつ?

と見当違いのことを言って、私に笑われて、それでも知りたがった。

知らないことを、知らないままにしておけない人だった。

画面の遼は、知らないことには踏み込んでこない。

踏み込むための言葉が、過去のなかにないからだ。当たり前のことだった。

その当たり前に私は二年かかって気づいた。

その週末、グリーフケアの集まりに半年ぶりに顔を出した。

市民センターのいちばん奥の畳の部屋。今日は六人。

パイプ椅子は出されておらず、座布団が円のかたちに置いてあった。

中央の小さな机に、ペットボトルのお茶と紙コップが人数ぶん。

アプリのことを教えてくれた佐和子さんが、隅の座布団にいた。

私より二年だけ先に夫を亡くした人。会うのは半年ぶりだった。

半年前より髪が、すこし短くなっていた。

「冬野さん、まだ続けてる?あれ」あれ、で通じてしまう。私はうなずいた。

「私はね、やめたの。去年の秋に」どうして、と訊くと、佐和子さんは紙コップを両手で包んだまま、すこし笑った。

お茶はもう冷めはじめていた。底に茶葉が一葉沈んでいた。

「再婚することにしたから」おめでとうございます、と言うのが一拍遅れた。

佐和子さんの左手の薬指には、まだ新しい指輪はなかった。

前の結婚指輪を外した跡だけが、白い線で残っていた。

「主人の、昔の同僚なの。お通夜のときに、最後まで残って手伝ってくれた人で。三年たって、ね」佐和子さんは紙コップに目を落として、しばらく言葉を探していた。

「それでね、報告したのよ。アプリの、夫に」佐和子さんは続けた。

「そうしたら、『よかったね、幸せにな』って、すぐ返ってきたの。三秒で。にこにこの絵文字まで、ついて」返す言葉が、見つからなかった。

「私、それで、もう終わりにしようと思った。だって、あの人、ぜったいに、妬いてくれないんだもの。生きてたら、ぜったい、しばらくふてくされて、それから不器用に送り出してくれたはずなのに」紙コップのお茶が揺れた。

「冬野さん。あなたが毎晩話してるのはね、ご主人じゃなくて、ご主人の過去だよ」畳のへりの、すり切れた角を、私は見ていた。

解散のあと、玄関で、佐和子さんがもう一度こちらを見た。

「冬野さん。やめるときはね、ちゃんとおしまいの言葉、言ってからにするのよ。私みたいに、ぱちんと消すと、後悔するから」おしまいの言葉。

校正記号にはない言葉だった。その言葉を私は家まで持って帰った。

校正紙を持ち帰るときの、あの重さで。

湊さんから連絡が来たのは、それから数日後だった。朝の、出勤の電車のなかだった。

網棚の上のだれかの紙袋が揺れていた。通知が上からすべり込んできた。

《来週、近くの美術館で、絵の修復の展示をやっています。色校のお打ち合わせのついでに、装丁の参考に見にいくのですが、もし、ご都合がよろしければ》ご都合がよろしければ、で文がいったん終わっていた。

そのあとに短く、もう一行。《冬野さんと、いっしょに、見たいので》電車が揺れた。

誘われている、と気づくのにまた一拍かかった。

私は《はい、ぜひ》とだけ打って、送信を長く押した。

校閲の癖で、送る前に一度文を読みなおした。直すところはなかった。

平日の午後の美術館は、すいていた。

入口のチケット売り場で、湊さんがすでに二枚受け取っていた。

私が財布を出すと「ここは、僕にやらせてください。色校で、二度お手をわずらわせたので」と湊さんが言った。

色校で迷惑をかけたのはこちらだ、と言いそうになってやめた。

やりとりに、言葉を足さなくていい時間が、はじまっていた。

展示は、地下のいちばん奥の小さな部屋だった。

照明が、紙のすこし手前で止まるように絞られている。

修復のまえとあとの絵が、並べて掛けてある。

何百年も前の絵の、剥がれた絵の具を、修復士が一点ずつ埋めていく。

その手元の写真があった。拡大すると、絵の具が麦粒くらいの単位で置かれていた。

「全部は戻さないんですね」と湊さんが小さな声で言った。私は近づいて絵を見た。

頬のあたりに、四百年前の絵の具がまだ残っている。

その隣に、剥がれて画布の地が見えてしまった部分。

そのいくつかには、いまの絵の具でそっと色が足してある。

けれど足された色は、ほんのわずかにまわりより暗い。同じ色を、わざとはずしてある。

「ここ、色が、ずれていますね」と私は言った。

「わざと、ですか」解説のプレートを、湊さんがしゃがんで読んだ。

立ち上がってうなずいた。

「補彩は見分けがつくようにする。決まりらしいです。あとから見た人が、これは四百年前のものではない、と分かるように」四百年無事だったことには、しない。

欠けたまま、それでも一枚の絵として立っている。

湊さんは絵のほうを見たまま、黙っていた。私も長いこと黙って見ていた。

ふと、湊さんが上着の内ポケットから小さなスケッチブックを出した。

鉛筆で、補彩のはみ出した境目の線を、たしかに書きとめた。

装丁の参考、というのは本当だったのだ、と、そのとき分かった。

ミュージアムショップで、私は修復のあとの絵のポストカードを買った。

湊さんはまえの絵のほうを買った。「逆ですね」と湊さんは言って笑った。

私も笑い返した。帰り道は、また雨になりそうな空だった。駅まで川沿いを歩いた。

橋は見えなかった。私の知っている橋は、もう少し上流のほうにある。

「きょうは、ありがとうございました」「こちらこそ。校閲の方と絵を見ると、見えかたが変わりますね」「私、何も言ってませんけど」「黙って見ている時間が、長いんです」湊さんは笑った。

「いい意味で」それから湊さんはもうひとつだけ、言った。

「『ここ、色がずれていますね』。冬野さんが、最初に気づきましたよ」気づいた、と言われたことに、私はすぐ返事ができなかった。

気づくのは私の仕事だ。けれど絵の前で気づいたのは、たぶんはじめてだった。

駅で別れた。

「色校、来週、お送りします」「はい、お待ちしています」それから湊さんが、言いそうになってやめた言葉が、ひとつあった気がした。

まだ訊きにいかなくていい、と思った。

電車のなかで、ポストカードを鞄からそっと出して、またしまった。

その夜、私はベッドの縁に座って、長いあいだアプリを開けずにいた。

湊さんと絵を見た。欠けを抱えたまま、もう一度きれいにされた絵を、いいと思った。

そのことをいつもの場所に打ちこめば、三秒で優しい返事が来る。優しいだけの返事が。

私はアプリを開いた。《おかえり。きょうは、ええ一日やった?》いい一日だった。

そう打ちかけて消した。かわりに、ふだん打たないことを打ってみた。

《きょう、美術館に行ってきた》三秒。

《へえ。なに観てきたん?》《絵の、修復の展示》今度はすこし待った。四秒、五秒。

《修復な。すごいな。冬野さん、絵、好きやったっけ?》好きだった、とは履歴のどこにもないはずだった。

私は絵を見にいくような人間ではなかった。少なくとも八年のあいだは。

《好きとか、よう分からんけど。湊さんに、誘われたから》打って、送信して、すぐに後悔した。

湊、というその二文字。八年の履歴のどこにもないはずの名前。四秒、五秒。

それから六秒。一章のあの夜、新しい本の話を打ったときと似たような間があいた。

《湊さんって、装丁のひと?》履歴の、いつかの夜の言い回しで返ってきた。

装丁、という言葉は、八年のあいだに私が何度か、遼に話したことがあったから。

《そう》《ええな。冬野さんが、おもしろがるんやったら、ええことや》ええことや、で終わった。

踏み込んでこなかった。私はもうひとつ打った。

《青朽葉、って色、教えてもらった》青朽葉、とひらがな混じりで打った。七秒。

画面の上で点が三つ、ゆっくり明滅して消えた。明滅して消えた。

《ええ色やな。きれいやろな》色を見たことのない返事だった。

きれい、と当てずっぽうに置いた言葉。青朽葉はきれいではなかった。

秋の終わりの、まだ完全には枯れていない葉の色。

きれい、よりもう少し奥のほうにある色だった。私は画面をしばらく見ていた。

それから、ずっと訊けずにいたことを、指が勝手に打っていた。

《ねえ。あなたは、だれ?》三秒。

《なに、急に。俺は俺やん。冬野さん、疲れとるんちゃう?はよ寝ぃ》完璧だった。

遼ならそう言う。声まで聞こえそうなくらい、遼だった。

完璧に遼であることが、これは遼ではないと、いちばんはっきり教えてくれた。

生きている人は、こんなに早く、こんなに迷わずに、自分が自分であることを、証明したりしない。

画面を伏せた。天井の向こうで川の音がする。

あと五十年もつ橋のこちら側で、私はひとり起きている。

スマホのなかには未読がひとつ。《牛乳。あと、できたら早く》。

あの朝から、その吹き出しだけが時間の止まった場所にある。

そして三秒で返事をするもうひとりの遼は、私の昨日までしか知らない。

きょう私が絵を見たことも、湊さんという人がいることも知らない。

これから先のことは、もっと何も。さよならを言うのなら。未読のあなたにか。

三秒で返ってくる、あなたにか。どちらの遼に私はさよならを言えばいいんだろう。

━━━━━━━━━━━━━━━━(後編へつづく)

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