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掌編小説|一時間四十六分、二つの日付 「拝啓文芸部」

昨日の私へ。
午後十一時三十四分、病院から電話がかかってきます。
「できれば、すぐに来てください」
理由を尋ねても、看護師は少し間を置き、同じ言葉を繰り返します。
あなたは財布とスマートフォンと車の鍵だけを持って、玄関を出ます。
駐車場に着くのは、午後十一時四十七分。
発券機のボタンを一度、押し損ねます。
二度目で出てきた券の端には、こう印字されています。
入庫 9月8日 23:47
夜間入口から入ると、看護師が待っています。
足音は速いのに、走りません。
あなたも、その半歩後ろを歩きます。
病室の時計は、午後十一時五十八分。
父の顔には、酸素マスクがかかっています。
透明な内側が、薄く曇っては消えます。
「来たよ」
用意してきた言葉はなかったのに、出てきたのは、それだけです。
父のまぶたは動きません。
あなたは、布団の外に出ていた手を握ります。
思っていたより、温かい手です。
時計の針が、十二時で重なります。
蛍光灯も、機械の音も、父の手の温度も変わりません。
日付だけが変わります。
「午前零時四分です」
医師がそう告げたとき、私はまだ、その手を握っていました。
昨日のあなたが「来たよ」と言って握った手を、今日の私は「帰るね」と言って離しました。
駐車場の精算機は、券をのみ込み、代わりに細いレシートを吐き出しました。
入庫 9月8日 23:47
出庫 9月9日 01:33
駐車時間 1時間46分
レシートを、誰もいない助手席に置きました。
最初の角を曲がると、薄い紙は座席の端まで滑りました。
次の角では、またこちらへ戻ってきました。
家に着くまで、それを何度も繰り返しました。


こちらの企画に参加しています。




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