つぎはぎからようやく
日本語表現の授業ではプロセス型のライティングをしていて、指定文献を資料として使うために要約を作る。
要約も「はいやっといて」というわけにはいかない。まず小見出しや序盤の書き出しをざっと読ませ話題や流れをイメージさせる。そして詳しく読んでキーワードっぽいものや、その関係を書き出してアウトライン的なメモを作らせる。要約はこのメモをもとに作るが、そのときはパラグラフの考え方に基づいて、同じ話題にくくれるものを要点→詳細の流れで配置で作る。
つまり、読んだものをパラグラフ、あるいはパワー・ライティングを使った構造に落とし込む、あるいは再構成するわけだ。
ただ授業時間でできるのはメモ作りの途中までになり、完成させるのは宿題としている。宿題で出てくるメモを見るとまあまあ悪くはないかなって人でも、要約になるとだいぶ崩れる人が出てくる。
その中で一つ大きいのは「パラグラフ(パワー・ライティング)の流れに落とし込めるか」である。
出来上がりを見ると、パラグラフの構造なんてのはなくなってて、原文の話の流れに沿って抜き出したまるでつぎはぎのようなものが出来上がっている。なんというか、原文が1〜10まで並んでいて、要約は1、2、4、5、6、10みたいになるイメージが近い。
原文がパラグラフの構造で書かれていないケースが多いのだから、中身を見て再構成して中心文を足したりした上で7、5、2、3などなど流れを作り接続詞で繋いでほしい。ちなみに中心文はこちらで書いているケースも多いので何が話題なのかは分かると思うのだけど。
中を見ても理解が足りてないと文章の中身ではなく話の流れでしか理解できなくて、それが抜き出しだけの要約になっているのだろう。
もっとも僕だってこの再構成という考え方を初めて学んだのは大学院の上山あゆみ先生の授業でそれまではつぎはぎだった。その授業が特徴的だったのは同じ英語論文を2回発表するところにあった。1回目は自力で読んで発表して院生や先生の質問に答える。これだけなら他の演習にもありがちだと思う。
違うのは2回目で、次の発表までに先生との長い長い面談をして理解する。その後に担当者が論理を再構成して(何往復もの先生とのハンドアウトのやり取りの末に)発表していた。
そんな大学院生のときに学んだことを大学1年生の授業でやるのは間違いと言われるかもしれないが、いつまでも1年生に背伸びさせないでいたら、いつまでも同じレベルの2年生を再生産してしまうのだから、背伸びは必要なのだ。
何年かたって「ようやく」(が)作れるようになったらいいぐらいに気長に待ちつつも、だからこそ仕掛けやきっかけを積極的に作っておきたい。
