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いなくなった人たちのこと、思い出して。25年先のザナルカンドより、暑中見舞い

ファイナルファンタジーX。
略してFFXと呼ばれるこのゲームが、2026年7月で、発売25周年を迎えました。

その記念に、挿入曲の「ザナルカンドにて」を1曲通して弾いてみました。

(楽譜:ピアノコレクションズ ファイナルファンタジーX (ピアノ・ソロ) 仲野順也 (著), 植松伸夫 (著) より一部アレンジして演奏)

なお、25周年を記念して、HDリマスターの新しい移植版や展覧会、ポップアップストアなど、様々な企画が展開されています。

25年経ってもこれだけの盛り上がりがあるのは、この作品がそれだけ多くの人の心に残り続けている証なのでしょうね。

FFXを知らない方のために、少しストーリーを紹介しますね。

ゲームは、主人公の少年、ティーダが曲のタイトルになっている「ザナルカンド」という滅びた都を前に、仲間に語りかけるところから始まります。

「最後かもしれないだろ。だから、全部話しておきたいんだ」

何が、最後なんでしょうか。

一行は、召喚士の少女「ユウナ」を守りながら、この都を目指して旅をしてきました。

ユウナの目的は、この世界を襲い、たくさんの人を殺めて来た怪物・「シン」を倒すこと。

けれど、シンを倒すために、召喚士は命を捧げる必要があります。その上、ユウナが命を捧げても、シンを完全に倒せるわけではない。しばらくの間、姿を消すだけです。

この世界の召喚士たちは、それでも平和な期間「ナギ節」を人々にもたらすため、人生を捧げてきました。ユウナのお父さんもそう。

「ザナルカンド」は、この旅の終着点。

だから、ザナルカンドにたどり着くことは、彼らの「ゴール」であり、「ユウナの死」という別れの始まりなんです。

そしてザナルカンドの滅びた都を見ながら、主人公の「ティーダ」がこれまでの旅の思い出を、振り返るように語り始めます。

つまりゲームの大半は、この「ザナルカンド」から、ティーダが仲間たちと一緒に振り返る思い出話なんですね。

「あんなこともあったね」
「こんなこともあったね」
「でも、もうすぐ、終わってしまうね…」

と、名残を惜しむように。これから起きる別れを、少しでも先延ばしにするように、必死に話題を探して、話し続けるんです。


ザナルカンドにて

予め決まっている別れって、とても切ないですね。
大好きな友達と別れる前に、夕方の公園で、たくさんの思い出話をするような。話が終わったら別れなきゃいけないから、必死に話題を探して。

「まだ話してないことがこんなにある」
「まだたくさんやりたいことがある」
なのに、別れないといけないの? さみしいよ。行かないでよ。

だからこの曲は、美しいけれど切ない旋律なんだと思います。

この曲を弾く時、私はいつも、ティーダが、ユウナや、仲間たちに向かって語り掛ける様子を想像します。

実際に楽譜を見ても、緩急や強弱のつけかたがドラマチックです。

ぽつりぽつりと、話し始めるようにシンプルな序盤。

メインのテーマは、柔らかい思い出を語るように美しく流れる。当時は大変だった記憶も、振り返ってみると美しいことがあるように。

一番盛り上がるところは、フォルテ(強く)、フォルテッシモ(とても強く)に弾くように指示が書いてあります。ここはちょっと悲劇的な旋律。そのあと急に柔らかいピアノ(静かに)のメロディに戻る。これが2回。

それまで楽しく話していたけれど、待っている別れを思い出して「そんなの嫌だよ!」とティーダの感情が盛り上がるところ。これから死出の旅に立つユウナが、「でも、仕方ないからね」なんて、そっとティーダをたしなめるところを想像します。

ラストは、リタルダンド(少しずつテンポをゆっくり)と、さらにフェルマータ(その音を長く伸ばす)で、最後の一音はとてもかすかに、長く余韻を残すように指示があります。

「本当に色々なことがあった。とても楽しかったね。大切な旅だったね。でも、そろそろ、行かなきゃね…」

私はそんなイメージで、いつもこの曲を弾いています。弾いていると、演奏記号から何度も何度もこの物語の様子や、その切なさを理解して、泣いてしまいそうになるんです。

25年経った今、この一曲だけを集めたコンピレーションアルバムが発売されるほど、多くの人の記憶に残り続けています。

とはいえ、それを表現する私の演奏はへたっぴなんですけどね。
以前チャレンジした鬼のようなアルペジオは、完成度を高めるべく割愛しましたし、手が小さくて弾けない指示は、なんかごまかしてます。
素人なので、ご容赦下さい。


そういえば、もうすぐ、お盆ですね。

お盆は、亡くなった方が帰ってくるとされる期間です。
大切な人を思い出す日々でもあります。

記事タイトルの「暑中見舞い」には、二つの意味を込めました。

一つは、25年前のゲームの旋律が、25年先の今に届く「暑中見舞い」であること。そしてもう一つは、いなくなった人たちから、私たちに届く「暑中見舞い」でもあること。

今は会えなくなってしまった人たちも、いつかふと、私たちのことを思ってくれる時間があると思うと、なんだか心温まりますね。

いなくなった人たちのこと、たまにでいいから、思い出してくださいね。
きっと届くから。


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