医師が診断書を書かない理由④ ―「客観的な検査データがないから」
理由③に続いて「書けない」グループ、今日は理由④、「患者の『痛い』という主観だけで、客観的な検査データ(他覚的所見)がないから」です。
MMT、可動域、握力、画像——検査の読み方は連載②〜⑤でさんざん書いてきました。なので今日は、検査の中身の話はしません。書きたいのは、検査が存在しない状態が、医師をどう縛るかという話です。
(今回も、弊社協力医へのインタビューとYKRの経験、公開情報をもとにした私なりのまとめです。異論・ご指摘は歓迎します。)
医師は、疑っているわけではない
まず、誤解されやすいところから。
「検査データがないから書けない」と言われると、患者の訴えを疑っているように聞こえます。でも、多くの場合そうではありません。医師は目の前の患者の「痛い」を、ちゃんと信じています。診察室では「おつらいですね」と共感もしている。
それでも書けないのは、後遺障害診断書の様式が、そうできているからです。
あの診断書には、「自覚症状」の欄と、「他覚症状および検査結果」の欄が分かれています。自覚症状の欄には、患者の訴えをそのまま書けます。「頸部痛、右上肢のしびれ」。ここは埋まる。問題は隣の欄です。他覚所見の欄に書けるのは、診察や検査で医師が確認できた所見だけ。検査をしていなければ、信じていても、書くものがない。
つまり「書けない」の正体は、医師の心証ではなく、欄が埋まらないという物理的な問題なんです。空欄の診断書は、医師が冷たいからではなく、検査が行われていないという事実が、そのまま紙に反映されただけ。
そして厄介なことに、痛みそのものを測る検査は、存在しません。痛みは主観であって、数値化する機械はない。だからこそ、周辺から固めるしかない——神経の圧迫を画像で、筋力の低下をMMTや握力で、反射の異常を神経学的検査で。連載②〜⑤で書いてきたのは、ぜんぶ「見えない痛みの、周辺の固め方」だったわけです。
検査は、自動では行われない
ここが④のいちばんの落とし穴だと思っています。
「病院に通っていれば、必要な検査は受けているはず」——そう思いがちですが、違います。医師が行うのは、治療に必要な検査です。立証に必要な検査ではありません。
たとえば、むち打ちで保存療法(投薬とリハビリ)の方針が固まっていれば、治療方針を変えない検査は、医学的には不要です。神経学的検査のフルセットも、健側との比較測定も、治療のためなら省略されて何もおかしくない。医師は手を抜いているのではなく、治療に必要十分な診療をしているだけです。
でも、賠償の世界では話が別です。連載⑤で書いたとおり、神経症状の12級13号と14級9号を分けるのは「医学的に証明できるか、説明できるに止まるか」。証明の材料になるのは他覚所見で、他覚所見は検査からしか生まれない。治療には不要でも、立証には必要な検査——このすき間に落ちた検査は、誰かが意識して拾わない限り、行われないまま症状固定を迎えます。
そして症状固定後に「実はあの検査を」と言っても、遅いことが多い。症状固定時点の状態を証明する検査は、その時点の前後で受けておく必要があるからです。欄が空白のまま提出された診断書は、あとから埋められません。
弁護士側の突破口
やることは、「治療と立証のすき間」を、こちらの目で埋めることです。
まず、受任したら早めに、症状に対して立証上必要な検査が行われているかを確認する。むち打ちなら神経学的検査(ジャクソンテスト、スパーリングテスト、深部腱反射、知覚・筋力検査)とMRI。可動域制限が争点になりそうなら、健側も含めた正式な測定。連載②〜⑤で書いた各指標が、ここでチェックリストとして働きます。
足りない検査があれば、症状固定の前に受けてもらう。このとき、医師への伝え方に一工夫を。「立証に必要なので検査してください」と切り出すと、医師によっては「治療に関係ない検査を指図された」と感じます。それより、依頼者本人から症状を具体的に伝えてもらうことです。「右腕のしびれが続いていて、細かい作業がしづらい」と診察室で正確に訴えれば、医師は医学的な必要性から検査を組み立てられる。③のROMの回で「正確に測ってくださいとお願いする」と書いたのと、同じ構造です。検査の入り口は、診察室での訴えなんです。
それから、依頼者への助言も突破口の一つです。「痛いのを我慢して、診察では大丈夫ですと言ってしまう」タイプの依頼者は、実際にいます。診察室で症状を正確に言葉にすることが、そのまま検査と記録につながる——ここを最初に伝えておくだけで、数か月後の診断書の厚みが変わります。
痛みは、本人にしか分かりません。だからこそ、伝えて、測って、残す。見えないものを人に分かってもらうには、形にするしかない。これは立証の話ですが、たぶん立証に限った話でもないですね。
次回は理由⑤、「カルテの整合性が合わず、書くと矛盾が生じるから」。③で伏線を張った「首と肩の認識のズレ」の続きでもあります。カルテの中で症状が揺れると、何が起きるのか——という話です。
