#6. 自分の人生に、他人を入れすぎていた話
うまくいかなくなった理由が、
自分でもよく分からないとき。
振り返ってみると、
自分の人生の中に
他人を入れすぎていた、
そう感じることがあります。
期待されること。
求められること。
評価されること。
それ自体が悪いわけではありません。
でも、いつの間にか
「どうしたいか」よりも
「どう見られるか」を
基準に動くようになっていた。
気づいたら、
選択のたびに
誰かの顔が浮かぶ。
これをしたらどう思われるだろう。
やめたら失望されるだろうか。
期待に応えられているだろうか。
そうやって、
自分の人生なのに、
決定権が少しずつ外に移っていく。
その状態が続くと、
不思議と大きな失敗はしません。
無難にこなせる。
空気も読める。
それなりに評価もされる。
でも、
なぜか満たされない。
問題はないのに、
どこか苦しい。
それはきっと、
人生が壊れているのではなく、
自分の席に、他人を座らせている
状態だからだと思います。
もし今、
息苦しさを感じているなら、
それはあなたが弱いからでも、
甘いからでもありません。
ただ、
自分の人生に
人を入れすぎているだけ。
ここから先では、
僕自身がその状態に気づいた瞬間と、
どうやって境界線を引き直したのかについて書きます。
答えというより、
考え方の話です。
必要な人だけ、
続きを読んでもらえたら嬉しいです。
僕が
「他人を入れすぎていた」
と気づいたのは、
自分の選択に
疲れを感じるようになったときでした。
どれを選んでも、
正解のはずなのに、
どれを選んでも、
どこか重たい。
それは、
選択の基準が
自分の感覚ではなく、
他人の期待になっていたからです。
気づいたとき、
最初にやったことは
人との関係を切ることではありません。
仕事をやめることでも、
距離を置くことでもない。
境界線を、心の中に引き直すことでした。
・これは自分の問題か
・これは相手の問題か
・ここまでが自分の責任で、
ここから先は相手の人生か
この線を、
一つひとつ確認する。
最初は怖いです。
冷たい人間になった気がします。
でも実際は、
人を大切にするためにも、
この線は必要でした。
境界線がないままの優しさは、
いつか必ず、
自分か相手のどちらかを
苦しくさせてしまう。
自分の人生を
自分の席に戻すというのは、
誰かを拒絶することではありません。
「ここから先は、
あなたの人生だよ」と
静かに返すこと。
そして同時に、
「ここまでは、
自分の人生だよ」と
引き取ること。
それができるようになると、
不思議と人間関係は
シンプルになります。
無理に分かり合おうとしなくなる。
過剰に背負わなくなる。
期待に応え続けなくても、
自分を保てるようになる。
もし今、
人との関係に疲れているなら、
何かを変えようとしなくていい。
まずは、
自分の人生の席に
誰が座っているかを
静かに見てみてください。
そこに自分がいなかったら、
そっと、戻ってくればいい。
人生は、
自分が座ってこそ、
ちゃんと動き始めます。
