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口角を上げたら、嫌な気持ちも受け止められた|口角から始める、幸せな生き方実践 第5回

今、ほんの少しだけ口角を上げてみてください。

大きく笑う必要はありません。
ほんの少しで大丈夫です。

できれば、そのまま肩や顔の力も少しゆるめてみてください。
息をひとつ、ゆっくり吐いてみてもいいかもしれません。

この連載ではこれまで、口角を少し上げることを入口にして、

身体の緊張や姿勢、呼吸、
そして、いつの間にか繰り返している行動や習慣へと、少しずつ気づきを広げてきました。

今回は、もう少し内側を見てみます。

口角を上げたとき、自分の頭の中では何が起きているのか。

嫌なことを思い出していたり、
「どうせ無理だ」と考えていたり、
まだ起きてもいないことを心配していたり。

僕は、顔の緊張に気づくようになってから、そんな自分の思考や気持ちにも気づくことが増えてきました。

そして、気づいたあとにどうするか。

以前の僕は、嫌な気持ちが出てくると、それをさらに嫌がっていました。

今回は、その話です。

口角をほんの少し上げたまま、できる範囲で力を抜いて、ゆっくり読んでみてください。


嫌なことを、頭の中で何度も繰り返していた

僕は以前、嫌なことを考え始めると、そのまま思考の中に巻き込まれてしまうことがよくありました。

「あれやるの嫌だな」

「どうせ無理だよ」

「自分にはできないんじゃないか」

ふとした瞬間に、

「そういえば、昔あの人にひどいことを言われたな」

と、もう終わった出来事を思い出すこともあります。

もちろん、思い出した瞬間から気分はよくありません。

頭の中ではその出来事が再生されて、顔も少しムッとする。

口角は下がり、顔や頭に力が入っている。

そして、そのまま考え続けてしまう。

「なんであんなこと言われたんだろう」

「今思い出しても腹が立つな」

「あのとき、こう言えばよかった」

気がつくと、実際には何も起きていない今この瞬間に、昔の出来事でもう一度苦しくなっていました。

しかも以前の僕は、そんな自分にもイライラしていました。

「また思い出した」

「もう嫌だ」

「こんなこと考えたくない」

嫌な記憶が浮かんでいること自体を、さらに嫌がっていたんです。

顔の緊張が、「今、何を考えていた?」の合図になった

口角を少し上げるようになってから、この流れの途中に少し変化が入りました。

嫌なことを思い出す。

顔がムッとする。

身体に少し力が入る。

そこで、

「あ、今、顔が緊張してる」

と気づくことがあります。

そして口角を少し上げる。

すると、

「ああ、僕はいま、昔の嫌なことを思い出していたんだな」

と、自分が何をしていたのかに気づける。

嫌な思考の中に完全に入り込んでいたところから、ほんの少し外に出て、自分を見るような瞬間ができました。

これだけでも、以前より思考に巻き込まれ続けることは減ったように感じています。

でも、もう一つ僕にとって大きかったことがありました。

それが、

「そうだよね。ありがとう。ご苦労さま」

と、自分の中に出てきたものに声をかけてみることでした。

「そうだよね、ありがとう、ご苦労さま」

たとえば、昔誰かにひどいことを言われた記憶が出てきたとします。

そこで僕は、まず、

「そうだよね」

と言います。

僕の中では、

「そうだよね。昔、そんなひどいことを言われたよね。嫌だったよね」

という感じです。

無理に、

「気にするな」

とも言わない。

「そんなことで怒るな」

とも言わない。

まず、

「嫌だった」

という自分の気持ちを、そのまま認めてみる。

次に、

「ありがとう」

と言います。

これは僕の場合、

「心配して、わざわざ知らせてくれたんだね。でも、もう過ぎたことだから、今は大丈夫だよ。ありがとう」

という感じです。

本当に心がそういう仕組みになっているのかは分かりません。

ただ僕は、嫌な記憶を出してくる自分の心を敵にするより、

「何かを心配して知らせてくれているのかもしれない」

くらいに受け取った方が、少し楽でした。

そして最後に、

「ご苦労さま」

と言います。

「わざわざ知らせてくれて、ご苦労さまでした」

そんな感じです。

すると僕の場合、そこでひと区切りつくことがあります。

さっきまで続きそうだった過去の再放送が、そこで止まる。

嫌なことがなかったことになるわけではありません。

相手のしたことを許さなければならないわけでもありません。

ただ、

もう終わった出来事を、今ここで何度も繰り返さなくてもいいのかもしれない。

そう感じられることがあります。

そして、また今に戻ってくる。

嫌な気持ちを、さらに否定していた

この変化は、僕にはかなり大きなものでした。

以前は、

嫌なことを思い出す。

そして、

「またこんなことを考えている」

と、その思考まで否定する。

つまり僕は、

嫌な気持ちが出てきたことを、さらに嫌がっていた。

今振り返ると、それが苦しさを増やしていた部分もあったのかもしれません。

自分の頭の中に浮かんできたものを、

「こんなものはいらない」

「こんなことを考える自分は嫌だ」

と追い払おうとする。

僕の場合、それはどこか、自分自身の一部まで否定しているように感じました。

だったら、一度くらい、

「そうだよね」

と言ってみてもいい。

「嫌だったよね」

「怖かったよね」

「心配だったよね」

そうやって一度受け止めてから、

「ありがとう」

「ご苦労さま」

と声をかけてみる。

僕には、その方が今に戻りやすかったんです。

この3つの言葉を知ったきっかけ

この方法を僕が知ったきっかけは、愛理さんの『全肯定 ―新時代のバイブル―』という本でした。

本の中で紹介されていた言葉は、

「そうだよね」――肯定
「ありがとう」――感謝
「おつかれさまでした」――ねぎらい

というものでした。

僕は実際にやっていく中で、自分になじむように最後を「ご苦労さま」と言うこともあります。

大切なのは、言葉を一字一句そのまま使うことではないと思っています。

「そうだったよね」

「教えてくれてありがとう」

「おつかれさま」

など、自分が自然に受け取れる言い方に変えてもいい。

僕にとって大切だったのは、

自分の中から出てきたものを、すぐに否定しないこと

でした。

『全肯定』にはスピリチュアルな世界観も含まれています。

その世界観全体をここで「正しい」と言いたいわけではありません。

ただ、この「まず自分の中に出てきたものを肯定し、感謝し、ねぎらう」という方法は、僕自身が試してみて、とても役に立ちました。

心理学にも、少し似た考え方がある

調べてみると、心理学にも少し似た方向の考え方があります。

嫌な感情の存在をまず認める「受容」。

思考を絶対的な現実として扱わず、少し距離を取って見る考え方。

そして、自分に対して思いやりを持って接するセルフ・コンパッション。

もちろん、

「そうだよね、ありがとう、おつかれさまでした」という3つの言葉そのものの効果が、科学的に証明されているわけではありません。

ただ、

否定せずに受け止めること。

思考と少し距離を取ること。

自分を責めず、ねぎらうこと。

そうした方向には、心理学の中にも重なる部分があるようです。

今日一日だけ、「そうだよね」と言ってみる

もしよかったら、今日一日だけ実験してみてください。

嫌な気持ちが出てきたとき。

不安になったとき。

昔の嫌なことを思い出したとき。

まず、自分の顔や身体に少し気づいてみる。

口角が下がっていたり、どこかに力が入っていたら、

ほんの少し口角を上げてみる。

そして余裕があれば、

「そうだよね」

と一度だけ言ってみてください。

それだけでも構いません。

さらに言えそうなら、

「ありがとう。おつかれさま」

まで続けてみる。

言い方は、自分になじむものに変えてもいいと思います。

嫌な気持ちが消えるかどうかは、あまり気にしなくてもいい。

消えなくてもいい。

また思い出してもいい。

僕も、いつもきれいに切り替えられるわけではありません。

ただ少しだけ、

「この気持ちを追い払わなければ」

という自分との戦いが減るかどうか。

そこを観察してみてください。

嫌な気持ちが出てきた自分を、どう扱っていただろう

今日、自分に聞いてみたいことがあります。

嫌な気持ちが出てきたとき、

その気持ちそのものより、その気持ちを嫌がることで、さらに苦しくなっていなかっただろうか。

そして、

「そうだよね」

と一度受け止めたとき、自分の中で何か変わるでしょうか。

何も変わらなくても、それも一つの結果です。

気づくだけでもいい。

そしてまた忘れていたら、

口角を少し上げる。

そこから、もう一度自分に戻ってくる。

僕はそんなことを繰り返しながら、以前より少しだけ、自分の中に出てくる嫌な気持ちも、そのまま受け止められるようになってきました。

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