『はじまりのスープ、夏ゼリー』砂抜きの手際が、そのまま生い立ちの説明になっていた話|宵町観賞録
瀬尾まいこさんの『はじまりのスープ、夏ゼリー』を読みました。新潮社から2026年7月29日に出たばかりの長編です。
2019年に『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した作者の新作で、2026年には『ありか』が本屋大賞7位に入っています。食事や料理を中心に置いて書いた小説は、今回が初めてだそうです。
十万円がほしくて、コンテストに出る
主人公の中森リリーさんは26歳。定職につかず、バイトを転々としながら暮らしています。家賃は二か月分たまっています。
物語は、賞金十万円めあてで地元の料理コンテストに出るところから始まります。優勝を狙っているのに、集合時間ぎりぎりに駆け込んでくる。しかも当日までレシピを決めていません。
制限時間は三十分。読んでいるこちらのほうが焦りました。
手際のよさが説明していたもの
それでリリーさんが作るのが、アサリで出汁をとった新玉ねぎのスープです。
刺さったのは、この調理の描写でした。時間が足りないので、アサリの砂抜きは熱めのお湯につけて済ませる。玉ねぎには十字の切れ目を入れて圧力鍋へ。フライパンでアサリを開かせたら、あとは余計なことをしません。
そして、使わなかった身は殻を外して、しぐれ煮にして持ち帰るのです。
この一連の動作が、そのまま彼女の来歴の説明になっていました。事情を先に書かず、手つきで見せてしまう。うまいなあ、と素直に思いました。
他の参加者が趣向を足していく横で、リリーさんの皿だけが引き算でできている。その差がそのまま、生活の年季の差に見えます。
おいしい話のはずなのに
引っかかったのは、これだけ料理が上手な人が、自分の料理を好きではないところです。
上手だという自覚はある。でも好きではない。この二つが同じ人の中に、矛盾のまま置かれています。子どもの頃に家庭で起きたある出来事が、その理由として、あとから静かに出てきます。
読み心地はさっぱりしています。赤字の定食屋を助ける場面では、メニューを考えるだけでなく、材料の発注や調理場の動線まで直してしまう。おいしいものを出して終わり、にならないのです。料理下手だという娘さんには、レトルト食品をどう使うかを勧めます。
そこがとてもよかったです。食べたあとの明日まで面倒を見にいく話でした。
料理の出てくる小説を「おいしそう」で読み終わってきた人には、途中から手つきのほうが気になってくるかもしれません。
読み終えて、まず冷蔵庫を開けました。特に何を作ったわけでもありません。白菜の漬物をのせた即席の味噌汁ごはんという、リリーさんの朝食を思い出して、あれは案外おいしいのだろうかと考えていただけです。
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