見出し画像

【ネタバレあり】『哀れなるものたち』——ひとりの人格が組み上がっていく話

※この記事は結末までのネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。対象読者は、鑑賞済みの方、または結末を知った上で考察を読みたい方です。

「哀れなるものたち」を観た。ウォルト・ディズニー・ジャパン配給、監督はギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス。自殺した女性の体に、彼女自身が身ごもっていた胎児の脳を移植して蘇らせるという、かなり狂った設定の映画だ。観終わった直後、率直に思ったのは「面白かった」だった。特にラストの絵面がよくて、これについては最後に書く。

気持ち悪さの正体

まず気持ち悪かった話をしたい。冒頭、まだ白黒だった時期のベラは強烈だ。精神性はかなり幼く、好奇心のままにピアノを叩いたり、ゴッドの仕事場にある死体の目をメスで何度も突き刺したりする。お漏らしもする。大人の体と、その行動がまったく釣り合っていない。しかもこの時点ではまだ、なぜそうなっているのか理由が明かされない。だからこそ理屈抜きの不気味さがあった。

ベラがダンカンを追い越した瞬間

印象に残ったシーンは、船内で出会った老婆とベラが甲板で本を読んでいる場面だ。不機嫌なダンカンが、ベラの読んでいる本を海に捨てる。でもベラは取り乱さない。老婆が黙って別の本を渡す。

このシーンで、精神性の幼いはずのベラが、いつの間にかダンカンの精神性を上回っていたことを見せつけられた気がした。この映画の中で一番、ベラの成長を実感したシーンだった。

この設定だからこそ描けたもの

全体を通して感じたのは、これは人の人格が組み上がっていく過程をまるごと見せる話だということだ。幼児期から始まって、思春期的な時期を経て、冒険に出て刺激を受け、社会のマナーを知り、貧しい人がいることを知り、本を通して知性を得て、成熟していく。そして無一文になった末に、自分の力で稼ぐところまで辿り着く。

大人の体に赤ん坊の脳、という異常な設定だからこそ、この「人格形成のプロセス」を丸ごと圧縮して見せることができたんだと思う。普通の人間の成長を描いたら何十年もかかる話を、数年分の旅で駆け抜けてしまう。しかも本人には常識も社会的な建前もない状態からのスタートなので、「なぜそのルールがあるのか」「そのルールに従う必要が本当にあるのか」を、ベラは全部イチから疑ってかかる。既存の価値観の外側にいる人間の視点で世界を見せられる構成になっているからこそ、成長の過程がやけに新鮮に映るのだと思う。

おまけ程度の話になるが、ベラを通して描かれる男性たちの違いも印象的だった。誠実で一途なマックス。刺激をくれるけど自己中心的で、非常時には頼りなく滑稽なダンカン。人を人とも思わない支配欲のアルフィー。ベラという一人の人格が、それぞれ違うタイプの男性とどう関わるかによって、彼女自身の輪郭がはっきりしていく構成になっていたと思う。

掴めなかった疑問——性描写の多さ

一つ、正直に書いておきたいことがある。この映画、性行為のシーンがかなり多い。ベラは好奇心も性欲も旺盛で、後半は娼館で働くのでその手のシーンはさらに増える。多くの男性を描くという点では娼館の客たちもそうだ。

だが、なぜここまで性描写が多いのか、自分の中でいまいち掴めていない。ベラの成長過程を描くうえで性への好奇心も一つの要素ではあるとは思うが、それにしても分量が多い。エマ・ストーンが美人だから、そういうシーンを作りたくなったのかな、くらいしか自分の中では答えが出てこなかった。今後もう少し考えてみたいところだ。

ラスト、なんだかんだハッピーエンド

そしてラスト。医学生になったベラが、同じ手術で生まれたフェリシティーやメイド、パリで出会った友人、そしてマックスと共に穏やかに暮らしている。庭では、頭部に手術跡のあるアルフィーが動物のように四つん這いで草を食んでいる。
これを見て思ったのは「面白いな~なんだかんだハッピーエンドか笑」だった。あれだけ波乱万丈だったのに、ちゃんと着地点が用意されている。

総評

冒頭で触れた通り、一番よかったのはこのラストの画面そのものだ。不思議な動物キメラ、草を食む四つん這いのアルフィー、優雅に庭で過ごすベラ。この一枚が、まるで一枚の絵画のように見えた。そういえば映画全体を通して、画面作りがずっと絵画的だった気がする。派手とかとはちょっと違う、アート的な満足感があった。
人格が組み上がっていく過程を、これだけ独特な設定と画作りで見せてくれる映画はなかなかない。素直に面白かった。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集