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「“わからない”は、愛の証だった」イライラの奥に隠れていた感情の正体とは?#14

心整える研究家シリーズ Vol.14


「何言ってるのか、わからへん!」
そんな風に、相手の話にイライラしたこと、ありませんか?

私は子育て中、何度もこのセリフを口にしてしまいました。
でもある日、そんなイライラの奥に“ある感情”が隠れていることに気づいたんです。

それは、まさかの——**「愛」**でした。


【背景】

子どもが小学生の頃、学校であったことを話してくれるのですが、時系列がバラバラで何を言っているのか理解できず、いつもイライラしていました。

内容がわからないので質問しても、返ってくるのは同じセリフの繰り返し。もうお手上げ。

私はよく「何言ってるんか、わからん」と子どもに対して言ってしまっていました。

そのうち子どもは何も話してくれなくなってしまい、すごく悲しい思いをしたことがあります。
反省しても後の祭り。また子どもがいろんなことを話してくれるようになるまでには、時間がかかりました。


【やってみたこと】

そんなイライラを解消したくて、ヨガに没頭していた頃。
私はお師匠さんに、こんな質問をしてみました。

「愛がわかりません。愛って、なんですか?」

お師匠さんは笑ってこう答えてくれました。

「愛はどこにでもある。神はどこにでもいる。」

……わかったような、わからんような。
でもその言葉をきっかけに、私は「愛ってなんやろ?」と、考えるようになりました。


【気づき・変化】

ある日、ふと思い出したのは、子どもの話にいちいちイライラしていた自分。

あの時、あの状況に、“愛”はあったのだろうか?

そう自分に問いかけてみたとき、気づいたのです。

私は——
子どもを、「わかろう」としていた。

わかりたいから質問し、話の意図を理解しようとしていた。
でもわからない。だからイライラした。

その「わかりたい」という想いの中に、すでに“愛”があったのだと気づいたのです。

  • 相手を理解したい。

  • 相手の思っていることを、自分も感じたい。

  • シェアしたい。

あのイライラは、子どもへの深い愛情の裏返しだったのだと。


【まとめ】

それからは、相手が何を言っているのかわからなくてイライラしそうな時、私は心の中でこう唱えています。

「これって愛やねんな。私の相手に対する愛やねんな」

ヨガのお師匠さんの言葉を、生活に落とし込んで考えていくと、たくさんの気づきがあります。

いまでも「愛って何?」と聞かれたら、やっぱり答えは出せません。
でも、愛はどこにでもある。
そう信じて生きていける気がしています。


【問いかけ】

皆さんにとっての愛って、なんですか?
今日一日、「愛を探す目」でまわりを見てみませんか?

「わかりたい」と思える気持ち
それはもう、あなたの中にある立派な“愛”かもしれません。

それに気づくだけで、きっと心が少し、やわらかくなりますように。


またお会いしましょう。
あなたの心の友より 〜 宵の友 🌙

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