<<不登校>> 目的(ゴール)を決めない選択
皆さまこんにちは
今日は子育てに関すること。我が家の真ん中、次女ちゃんと過ごして学んだことを書きます。
はじめに、次女ちゃんは不登校を経験しています。
(またどこかで少しずつ話していこうと考えています)
私たち家族にとっても初めての経験だったので正直戸惑いました。自分自身の今まで積み上げてきた「学校」に対する価値観や人生観までも大きく変わった出来事でした。
その中で、「目的」や「ゴール」について今日は書いていこうと思います。
私たちは何かを始めるとき、目標を立てたり、目的地を決めたりします。
それが“良い” “悪い”ではなく、進む方向を示してくれる大切なものだと考えています。
ただ、そのゴールが苦しさを生み出してしまうときがある。
ヨガやピラティスに例えると・・
「このポーズができるようになりたい」
「この動きがスムーズにできるようになりたい」
という目標を持つことは素敵なことです。
けれど、そのポーズができることだけを目的としてゴール設定してしまうと、
「今日もできなかった」
「私は柔軟性がないからかな」
「あの人はできているのに」
そんなふうに、「できていないこと」にばかり意識が向いてしまったり、他者との比較がはじまります。
子育ても似ているところがあるかもしれません。
そして、不登校を経験して思うこと。
「学校へ行く」
これを目的やゴールにしてしまうと、行けない日には
「今日学校に行けなかった自分が悪い」
「今日もまた行けなかった」
「きっと明日も行けない」
「友達はみんな楽しく行っているのに、どうして私だけ・・。私がおかしいんだ。」
「学校に行けない自分はダメなんだ」
本人自身、そんなネガティブな気持ちに支配されて一日が終わってしまう。
学校に行けないのは私の問題ではないはずなのに、苦しむ次女ちゃんのそばにいるだけで涙がこぼれてくる。
変われるものなら変わってあげたい。かける言葉が見つからず、無言で次女ちゃんの小さな手を握ったら、無言でギュっと握り返してきた小さな手から感じた大きな力強さを今でも忘れない。
言葉にできない大きな思いが私にも伝わってきました。私にとっても辛い出来事でした。
不登校になって一番傷ついて辛いのは本人です。
一日あれば元気なときもある、笑顔のときもある、でも心もそうとは限りません。
不登校は私の問題ではない。
けれど、母として私に何ができるんだろう。
どうやってサポートしていけばネガティブな支配から脱出できるのだろうか。
レッスンでも伝えていることを思い出した。
「正しい動きやポーズの形にとらわれず、土台が安定していることや、背筋が伸びていること、ゆったりした深い呼吸が流れていることを優先していきましょう」
「不安定の中で呼吸をするのはきっと苦しい。安定した土台を積み重ねた結果、呼吸も快適になる」
朝、自分で起きたこと
ご飯を食べ、着替えをした
家を出る時間までに支度が終わったこと
「ここまでできた」に目を向けていき、言葉にすることを意識した。
学校へ行くという結果も、こうした小さな積み重ねの先にしか存在しない
甘やかしではなく、前に進むための自信を少しずつ積み重ねていく
もし今、思うような結果が出ていなかったり、進めていないと感じているなら一度「目的」を手放して、「今日できたこと」に意識を向けてみる
そんな日があっても良いのかなと思います。
皆様の今日が良い日になりますように。
