なんでもないは、なんでもある
息子の表情が暗い。
母の勘が、ピンと働く。絶対、何かあった。
「何かあった?」
探りを入れてみる。
「なんでもない」
いやいやいや。
なんでもなくないでしょう。
顔に「なんでもあります」と書いてある。
とはいえ、思春期真っ只中。
「何があったの?」
「学校?」
「友達?」
「なんか言われた?」
なんて追及したら、ますます口を閉ざすこともわかっている。
だから、聞きたいけれど聞かない。
静かに様子を見る。
しばらくしていつもの調子に戻ったら、それ以上は聞かない。
いつまでも落ち込んでいたり、泣いていたりしたら、理由は聞かずに慰める。
そして、もし本人から話してくれたら、全身を耳にして聞く。
息子の「なんでもない」の裏には、
「心配かけたくない」
が入っているのかもしれない。
あるいは、
「これはお母さんには関係ない」
という境界線なのかもしれない。
どちらにしても、
「今はそれ以上、聞かないで」
と言うことなのだろう。
怪しい妻の「なんでもない」
そう考えていたら、ふと気づいた。
私も日常的に使っていることを。
私はスマホでnoteを読んだり、文章を書いたりしている。
面白い記事を読んでいると、顔のニヤニヤが止められない。
自分で文章を打ちながら「ふふっ」と怪しい声が漏れ出ることもある。
すると夫が聞いてくる。
「どうした?」
「なんでもない」
……なんでもなくない。
ただし夫に言うほどのこともない。
この場合の「なんでもない」は、
「どうでもいいことだから、それ以上聞かないで」
なのだ。
平和のための不戦協定
また別の日。
夕飯を作ろうと冷蔵庫を開けると、今日使う予定だった食材が見当たらない。
「あれ」
「何かあった?」
背後から夫の声。
「……なんでもない」
これも、なんでもなくない。
ある。
ものすごく小さいけれど、ある。
今日使おうと思ってたんだけどな。
でも、わざわざ言って揉めるほどのことでもない。
だから、「なんでもない」で処理する。
もしもう一度、「いや、何?」と聞かれたら、
「今日使おうと思ってた○○がなくなってる」くらいは言う。
でも夫は、もう一回聞かない人である。
「なんでもない」と言えば、そこで終了。
長年そうなので、それはそれでいい。
むしろ急に、
「本当に?」
「無理に話さなくてもいいよ」
「でも話したくなったら、いつでも聞くから」
なんて言い出したら、
「……何かあった?」
と、こっちが心配になる。
人には、その人なりの距離感がある。
ノックはするけど、ドアは破らない
そう考えると、「なんでもない」という言葉は、不思議だ。
文字通り受け取れば、「何もありません」という意味なのに、
実際には、その奥に何かあることのほうが多い気がする。
言いたくないこと。
まだ言えないこと。
小さな不満。
悲しいこと。
自分で処理したいこと。
心配をかけたくないこと。
あなたには関係ない、と自分で線を引きたいこと。
なんでもないは、なんでもある。
「その先には、今は入ってこないで」
「なんでもない」は、そんな小さな境界線なのかもしれない。
だから私は、息子に「なんでもない」と言われたら、そっと一歩引くことにしている。
何もなかったことにはしない。
でも、無理やり扉を開けようともしない。
扉の向こうに何かあることだけ知って、少し離れたところで様子を見る。
話したくなったら、話してくれるかもしれない。
話さないなら、それも本人の領域なのだ。
……などと、わかったようなことを書いている私も、
スマホを見ながらニヤニヤして、
夫に「どうした?」と聞かれたら、
今日も平然と言うのである。
「なんでもない」
なんでもあるけどね。
この記事は、「#エッセイしりとり」という企画のバトンになっています。
タイトルをしりとりで繋いでいく企画です。
「な」から始まるタイトルで繋がせてもらっています。
私は、じゅんこさんから受け取りました!
私の記事をご紹介いただき、ありがとうございます!
とても嬉しかったです。
8月末までの企画だそうで…。今から繋ぐとお相手の方を困らせてしまうかもしれないと思いましたので、ここで終わらせていただきます。
小心者ですみません。
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