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心の空模様と世界観

世界観とは、ここでは世界の見え方、みたいな意味。

天気がいいときは、カラっとしていて、ついついお出かけしたくなる。行く先は、どこでもいい。いつもの公園、いつもの図書館。ちょっと先の川べり。もっと遠くまで旅してもいい。

天気がいいのに、一日中家にひきこもっているのは、何だかもったいないとすら思う。

逆にどしゃぶりの雨の日は、どこへも行く気が起きない。傘をさして出かけても、どうせずぶ濡れになってしまう。どうせそんな悲惨なことになるのなら、家にいたほうがいい。安心。失敗しない、傷つかない。

これは、客観的な天気だけの話ではなく、心の空模様でも同じである。

心が大丈夫なときは、世界が明るく見える。世界に受け入れられている感覚がある。他人にも、いつも以上に積極的に話しかけたりなんかできる。

心が大丈夫なときは、心が壊れたときのことを忘れてしまう。
え? 何がそんなに心配なの? たいした悩みじゃないでしょ?

そういうときは他人のことも、論理的、冷静に見てしまう。あの人は、こういう傾向があって、ここが長所で、ここが短所で、こうでこうで、したがって、今こういう状況になっている。だからあの人のいま取るべき選択肢はこれ。

自分が大丈夫な日は、自分の心が無傷。だから、ついつい自信満々に他人を見てしまう。

晴れの日が続いて、ずっとお出かけ日和で、人生楽しいなあ、なんて思いがち。雨、そんなのあったっけ? という感覚。そんな順調な日は、長くは続かない。

そんなときに、雨は降る。どしゃぶりの雨。それまでの好天が嘘のよう。こんな状況じゃあ、どこへも行けない。家でひきこもるしかない。物理的な天気の話ではない。心の空模様。

人前に出るのが怖い。人の視線が怖い。ずっと家にいたい。誰とも関わりたくない。

晴れの日の自分みたいな人(論理的で冷静な人)が、怖いとすら思う。

心の天気は、変わりやすい。思春期の頃よりは安定したが、いまでも空模様は変わる。変わらなかったらお釈迦さまだ。心をずっと安定させるなんて、できっこない。

どしゃぶりの雨はつらい。たまにそういう日があると、落ち込む。どん底まで凹む。

その状況になると、「強い人」が見えなくなる。見たくもない。

むしろ、自分と同じように「弱ってる人」「凹んでる人」が見えるようになる。これまで見落としていたそういう人が目に映る。ああ、あの人は今、何か悩んでいるのだな、と気づく。

晴れの日、自分が好調のときには見えなかったものが、見えてくるのである。


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