森永卓郎死して蕭蕭
1/28、森永卓郎が原発不明がんで死去した。一週間以上過ぎた今でもネット上でその衝撃と動揺の余韻が続いている。67歳。同い年の1957年生まれ。49年前の1976年に高校を卒業して大学に進学した。ちょうど2月にロッキード事件が発覚して、世間が騒然とする中で入試を受けて大学の門をくぐった同期になる(同い年で高校中退後に渡米していた孫正義は加州のカレッジにいた)。一昨年12月に膵臓がんのステージ4であることを公表し、そこから特に大きく注目が集まる存在となり、活発に発言を続けていた矢先の不幸だった。昨年10月に聴いたラジオの放送では、特別な高額の治療薬のおかげで癌が小さくなっていると語って自信を覗かせていたが、結局のところ若干の延命効果しかなく、やはり一昨年の医師の診断が正確だったことになる。タバコの吸い過ぎが命を縮めた原因だろう。

私の高校の同級生も、5年ほど前にこの病気で命を落とした。膵臓がんは早期発見が難しく、手遅れになるケースが多い。前にXでも書いたが、健康寿命の概念は森永卓郎に教えてもらった。健康寿命とは、支援や介護の必要なく、健康上の問題で日常生活の制限を受けずに生きられる平均期間で、日本の男性は72歳となっている。あと5年しかない。こうした医学的データが出ているのに、政府は年金支給開始年齢をどんどん遅らせ、さらに支給額を削り、70歳過ぎても働いて稼ぐのが当然だと言って、高齢者の労働と納税を国民経済の必須要件にしている。「年金生活の老後人生」という概念と実体は日本から消え、制度的保障の基盤が失われ、それは国民全体のものではなくなった。一部の富裕層だけのものになった。倒れるまで、庶民は自分で生活収入を得なければならなくなり、戦前と同じ貧しい社会に戻った。

森永卓郎がテレビに登場したのは久米宏のニュースステーションからで、2000年頃という話になっている。私の中では、若林正人の後釜として経済問題の解説者に座ったイメージがあったが、若林正人の降板と森永卓郎の登壇の間には数年の時間差があり、記憶が間違っていたようだ。若林正人と久米宏とは関係があまり良好ではなく、久米宏から「いじり」を生放送でやられる場面が頻繁にあった。二人のイデオロギー的立場の相違が要因だったかもしれない。が、若林正人が出演していた頃の久米宏は気力充実していて、番組としてのニュースステーションは毎晩面白かった。森永卓郎が出たとき、久米宏はすでにすっかり緊張感を失っていて、番組の終焉が近い雰囲気が漂っていた。この時代の森永卓郎は印象が薄い。当時、経済の解説や評論で圧倒的な説得力を持ち、われわれを代弁していたのは内橋克人だった。

森永卓郎が一躍脚光を浴びるようになったのは、2003年の『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)の出版とヒットを機にしてからである。当時、小泉純一郎と竹中平蔵の「構造改革」の猛威が吹き荒れ、製造業への派遣労働の解禁が大問題として焦点になっていた。また、金融危機後の不況を切り抜ける方策および原理として、新自由主義が台頭してマスコミや論壇で影響力を振るい始め、企業はこれまでの終身雇用と年功賃金のシステムを転換し、余剰人員のリストラと内部留保(自己資本)の確保に血道を上げるようになっていた。竹中平蔵がヘゲモニーを握って日本は大きく変わったが、現在と違って、マスコミや論壇には新自由主義に反対する者がまだ多くいて、鋭い争点になっていた。論争が繰り返されていた。そんな中、この本が世に出て話題になった。過去に何度も書いたとおり、私はこの本を評価しない。

本には「給料半減が現実化する社会で『豊かな』ライフスタイルを確立する」という副題が付されている。副題を一瞥しても分かるとおり、森永卓郎は、新自由主義によって給料が半減される深刻な事態を見通しつつ、それに対して反対せず、批判も抵抗もせず、逆に自然現象のように受け入れ、諦めて適応した中で満足する生き方をサラリーマンに提案し、社会に提唱しているのである。竹中平蔵に対する”白旗の勧め”でもあった。22年前を思い出しながら、これを本屋で立ち読みしたときの憤りに連れ戻される。実際、まさにその事態を憂える労働力人口のど真ん中に私はいたし、森永卓郎の指摘と分析が大袈裟でも誤りでもないことは理解できていた。だからこそ、こんな倒錯した(敵に陣地を明け渡す)提言は許せなかったし、商売動機の無責任な世論操作に見えた。あの頃、600万円が日本のサラリーマンの普通の年収だったのだ。

今、年収600万円と聞くと、かなり恵まれた部類に入るだろう。が、当時は、600万円で家族4人で、専業主婦がパートで家計を補助して、何とか住宅ローンを払って子どもを大学に入れてで、やり繰りするのが大変な中産階級の平均的な水準だった。それでも、まさか年金がもらえないとか、退職金がないとか、安定した老後の暮らしが蒸発して消えるとか、そこまでミゼラブルな絶望社会ではなかった。600万円が半減した300万円の日本経済になり、嘗ての中産階級日本の生活像や人生像のモデルは潰え、何もかもボロボロに荒廃している。子どもたちは借金を背負って大学に入り、債務奴隷として社会に出なくてはいけなくなった。結局、多くの者がこの”白旗の勧め”に同調した。新自由主義の攻勢の前に降伏した。私のように屈服できず、半生を敗残兵の身で老いて抗っている者もいるが、新自由主義の側に寝返った裏切者も実に数多くいた。

年収300万円の経済環境に転換することに順応した結果、日本は今のように変化したけれど、それは決して、22年前の森永卓郎が描いたところの、小さな幸せとささやかな暮らしを個人が見つけて満足できる、そんな甘い現実ではなかった。それが可能に見えたのは、森永卓郎の想像力の欠如と経済学の勉強不足の由縁である。その過誤について森永卓郎はどう責任を自覚し反省するのかと、鬼籍に入ったばかりの本人の霊に向かって責めるのは、私の精神の幼稚さが問い返される問題だろうか。当時の右派・新自由主義系の者たちは、あらゆる甘言を弄し、詐術を駆使・動員して、人々を「改革」の是認と肯定に向かわせたのである。清貧な人生こそ価値があるとか、仕事ばかりが能じゃないから家事をせいとか。また、社会主義から脱構築に狡猾に転向した者も、その言説に追随し、左から説得力を作り、新自由主義の体制を受け入れる方向に人々を仕向けたのだ。

ここ数年の森永卓郎は、まさに反骨の士であり、政府批判と体制批判の過激なエコノミストであり、その第一人者として市民を代弁する貴重な言論人だったと言える。けれども、彼の言説と活動の全体を積分してトータルに評価すれば、中途半端でアクロバティックな、商売動機の経済評論家だった。評価できるとすれば、転向したり時流に流されたりしなかった点だ。22年前の立ち位置から動かなかった。22年の間に、マスコミとアカデミーから、まともな批判者の文化人が消え失せ、多くが変節したため、森永卓郎が残った。本人自身は、決して左に寄ったとか、元から左派だったとは思ってないだろう。wiki の記述では、森永卓郎を「社会民主主義者」と説明している。が、この認識と定義には首を傾げる。それから、22年前の森永卓郎は、かくも激越な財務省批判の論陣を張っていなかった。その理由は、当時の財務省が今よりまともだったからである。中産階級の国の財務省だった。

最近の「ザイム真理教」批判の言論は、右派からも左派からも歓迎され脚光を浴びてきた。森永卓郎自身は、どうやられいわ新選組を支持するスタンスに立っていて、MMT理論に基づいたエコノミクスの発言をしている。が、この理論については私は一貫して懐疑的で、「国の借金は国民の借金ではない」とか「自国通貨建ての国債はデフォルトしない」という主張には与さない。MMT派に対しては、それならなぜ国家予算の歳出全体(25年度は115兆円)を国債で賄わないのかとか、ジンバブエもスリランカも自国通貨建て国債で財政ファイナンスすればよいではないかという批判が上がる。現在は、そうしたプリミティブでベーシックな批判をMMT派に向けると、直ちに「緊縮派」のレッテル貼りで政治的に反撃され袋叩きを受ける次第となっていて、嚙み合った経済理論の論戦にならない。実際、日本の円は一度破綻している。敗戦の機にハイパーインフレを経験している。

預金封鎖して旧日銀券の流通を止め、強制的に新円に切り替える措置を断行した。日銀は破綻しなかったが、国民はハイパーインフレで財産を失った。同じことが繰り返されない保証はない。というか、過去の経緯を顧みれば次も確実に起きるだろうと私は思っている。森永卓郎は、その一方で、いずれNY株式市場の暴落が起きるだろうと予言していて、1929年の世界大恐慌の再来が起き、極限まで膨らんだバブルが破裂し、現在のグローバル資本主義 - すなわちアメリカと米ドルの繁栄支配 ー が根底から崩壊するだろうとも言っていた。この認識については、私は同じ立場に立っている。森永卓郎は、それが昨年中に起きると言い、昨年中には起きなかったので今年中に起きると言い直し、息子の森永康平に、親父は毎年同じことを言っていると揶揄われていた。命が消える前に、森永卓郎は自らの予言が正しかったことが証明される日を見たかっただろう。森永卓郎の無念を思うと胸が詰まる。

ただ、私と森永卓郎が違う点は、金融危機ーNY株式市場の崩壊は、そのまま日本銀行と日本円の破綻に繋がるという見方を私がしている点で、こうした悲観的な認識は森永卓郎にはなかったようだ。このあたりが、私から見ての森永卓郎の経済学的な限界に映る。今の円経済はドル経済に対して独立した関係にない。次にNY株式市場に巨大な破局が訪れたときは、嘗ての2008年のリーマンショック時と違って、日本政府が簡単に国債を増発できる環境ではなくなるだろう。市場がそれを引き受ける前提が失われているはずだ。以前、日本の経済と財政の真相について、比喩で「陰腹を切った状態」と表現したことがある。いま何が起きているかは、破局が始まったときに初めて明らかになる。今はただ慣性の法則で金融バブルの膨張が続いていて、そして、それがリアルな現実でもあって、資本の繁栄運動が強力に続いているときに森永卓郎的な予言を言っても、「陰謀論」という侮蔑しか返ってこない。
経済学の説得力は、そのとき初めて真価を発揮する。人々が耳を傾ける。しかし、失われたものは二度と戻らない。再生はなく、覚悟のみが必要となる。






