休日、僕は形而上学的な2進数の世界を生きているということ。
休日は家に引きこもっていることが多い。多いというか、引きこもってしかいない。スーパーとかコンビニにすら行くのが面倒だから、ネットスーパーを頻繁に利用している。たまに外に出るといえば、夜の散歩の時ぐらいだ。
そんな僕は家で何をしているのかと言われれば、iPadでYouTubeで音楽を聴いたり動画を見たりネット記事を読んだり、紙の本を読むことが多い。
特に音楽を聴くことが多いが、全くといっていいほど最近の音楽は聴かない。代わりに聴いているのは1980年代以前の曲だ。80年代のレトロミュージック言い換えればCity Pop、モノクロ映像と共に流れるチェットベイカーやビルエヴァンスやエロルガーナーやスタンゲッツなどの昔のJazz。
そう、ここでタイトル回収するが僕は休日に限っては2026年を生きていない。今から36年前の1990年より前の世界を生きている。
コンピュータがない時代に彼ら彼女らが創りだした音楽はレコードの溝として保存され、コンピュータの進化にともなってレコードの溝は0と1で構成された2進数のデータに変換され、いま現在彼ら彼女らはYouTubeという2進数の広大な海の深くに漂っている。陽があたる表層には最近作られたデータが乱雑に広がっているが、僕はそんなものには見向きもせずに、薄暗い海中に潜り続けている。
そうして見つけた1963年のイパネマの娘。
すらりとして日に焼けた若くてきれいなあなたは
形而上学的な2進数の深い海をおだやかに泳いでいる。
聞こえてくるのはスタンゲッツのテナーサックス。
それに合わせてイパネマ娘は泳ぎながら歌っている。
いつまでも歌っている。
あとがき
村上春樹さんの短編小説集『カンガルー日和』という本に収録されている、短編小説『1963/1982年のイパネマ娘』という作品を少し参考にしたところもあります。
以下の動画が元ネタのイパネマの娘の動画です。
