それでも私は Thought I'm His Daughter
それでも私は Thought I'm His Daughter
@アップリンク吉祥寺
<世論と加害者>
麻原彰晃こと松本智津夫の三女にして、メディアでアーチャリーとして取り上げられ、知っている人は知っている存在となってしまったら松本麗華さんを2018年から2024年まで取材したドキュメンタリー。
映画、というよりはドキュメンタリー番組。
NHKというよりも民放のドキュメンタリーっぽい。
登場人物の松本麗華さんは、父 松本智津夫のことを父親として愛していることがまず大前提だ。当然、普通の家族と同様に両親への愛はあるはずで、それを松本智津夫の逮捕により、急に剥ぎ取られたという感覚がある。それとともに彼女の中で、父が犯した犯罪はなぜ、どのように起こったのかを知りたいという気持ちもあるようだ。
作家・映画監督の森達也をはじめとする有識者団体は、裁判の供述が意味不明な松本智津夫被告を精神鑑定にかけるべきとの論調で、活動を行い、麗華も父がなぜそのようなことを扇動したのか、もしかしたらしていないのではないか、といった希望も持っていて賛同しているように見える。
個人的には麗華さんの気持ちに、共感はできないし、理解も難しいが、日本の犯罪史上に残る事件が起こった同期、意図、経緯を首謀者の口から何も聞けないまま死刑にしてしまうのは、さまざまな観点から考えると、かなり強引なものだったのではないか?
この死刑は、世論によって、当時の自民党政権は死刑を施行したと考えられる。『世論と加害者』、この映画の大きなテーマの一つのように感じた。
松本麗華さんは、松本智津夫の娘というだけで、大学には合格しても入学をゆるされない、銀行口座は作れない、就職もろくにできない、という世論を敵にしたくない、各企業、団体がある意味、世論に忖度してるようにしか見えない。
そして、日本の司法制度も世論への忖度がやばい。
16歳で脱退し、かなりの時間が経経ってもオウムの後継団体アレフの後継者とされていること、姉に遺骨を受け取る権利があるはずが、国が渡さないことなど、加害者の親族への扱いが酷すぎる。
それでも、麗華さんの父への愛も凄まじく、父が亡くなった後に姉と父の故郷に行き、親戚に話を聞き、もうただの空き地の祖父母の家まで訪ねる。
この行動をこさせる源はやはり、父の本当の姿を知りたい、というところから来るのだろうか??
もう一つ『現代のSNS社会』が裏に隠れている気がする。
SNSの世界は、スピード感、瞬発性を求められる社会。アット的なスピードで流れるタイムラインに食いつき、少しでもいいねをもらう。
麗華さんの投稿を少しでも振り返り、状況を考えればできないようなコメントも、その瞬間的な反応で投稿できてしまう怖さ。麗華さんのような方が発信できるのもSNS社会の良い点でもあるのだが。
後半、筋トレにハマり、大会に出場する麗華さんが輝いていた。
頑張って生きてほしい。
