『スティル・ヒア』のこと
先日、読んだことをほぼ忘れていたミラン・クンデラの『小説の技法』を再読した際、そういえば初読の時『存在の耐えられない軽さ』の最初のタイトルが『未体験の惑星』だったということに衝撃を受けたんだった、ということを、同じ個所を読んで改めて思い出して、二度目の衝撃を受けました。
衝撃を受けた癖にすっかり忘れていました。「たしか、なんとかの惑星だったか……」くらいにしか覚えていませんでした。なにもかもがぼんやりとうろ覚えだったのに、再読したらいろんなことを思い出しました。再読して当時のことを思い出したり、新たな発見をしたりできることは、読書の楽しみのひとつですね。
さて、『スティル・ヒア』も、最初につけたタイトルとは別のタイトルなのです。この物語は、これまで私が書いてきた作品の中でも最もタイトルに悩んだ作品かもしれません。なぜか決まらない。これだ、という感じにならない。
私は、タイトルを最後につけるタイプです。完成するまでは、基本的には仮題をつけています。仮題がそのままタイトルになる場合が多いのですが、習作や下書きには「A」とか「あああ」「いいい」とかの適当なタイトルをつけることもあります。
たとえば『花と嵐』はもともと『決着』というタイトルでしたし、『探偵と弟と常世の実』は『evergreen』から『非時香果』を経て『探偵と~』に落ち着きました。
『ナユタ』『飛鳥』は主人公の名前なので、こちらは仮題からそのままタイトルになったパターン。『他人のそら似』は脱稿後、わりとスムーズに決まりました。
今回の『スティル・ヒア』は、最初は『金目銀目』というタイトルでした。その後『小龍白龍』となり、次に『冬の花』になり、最終的に『スティル・ヒア』になりました。こちらは、『花と嵐』よりは仮タイトルにも何となく納得感があり、どのタイトルも、つけた時にはそのままでもいいんじゃないかなと思っていました。でも「これだ!」というしっくりくる感じがなく、タイトルを変えては「ま、これでいいか……」と思い、その後またタイトルを変えて……、と、決定打に欠けたままになっていました。
この物語は、『飛鳥』の前日譚です。前日譚、と言っていますが、実のところ『飛鳥』の後にスピンオフとして前日譚が出来たのではなく、最初に書いたのはこちらの物語でした。ですから本来は『スティル・ヒア』を先に文庫化するのが筋だったかもしれません。
ですが、先に述べたようにタイトルがしっくりきませんでした。それに内容的にもいろいろと直したいところが多く、『飛鳥』が先になりました。
『飛鳥』の主人公、飛鳥は四十代。
対して、『スティル・ヒア』の飛鳥は、十七歳です。最初に高校生の飛鳥を描いたのは、執筆当時、いかにもの「学園もの」を書いてみたかったからでした。
学園もので最も影響を受けたのは、おそらく小林じんこさんの漫画、『雨上がりの夜空に』です。今から考えても多様を極める登場人物たちのノリの良さや、卓抜なギャグセンス。作品発表当時のバンドブームを反映したような(タイトルからしてRCサクセション)学園の雰囲気に、こんな自由な学校があったらさぞかし楽しいだろうなと憧れました。
ですが私が描くのは「未来の」「パラレルな地球だけど未知の星の」物語です。ちょっとアメリカンプレップな学園(お金持ちの子女が通うイメージ)にして、昔のブルックスブラザーズみたいな(破産しましたが)トラッドな制服を少し派手にして、着崩す感じで……、と、思い切りコメディとして書いていました。地域ぐるみで盛り上がる学園祭があったり、プロムかなんかがあったりして、などなど。
そのまま長い間放置していたのですが、出産後、『仮面ライダーフォーゼ』を観て、正直「やられた」と思いました。私のイメージはあんなにブルーなブレザーではありませんでしたが、設定がかなりシャオパイに近い(当時のタイトルが『小龍白龍』だったのでシャオパイ)。驚きました。
その後、制服イメージを軌道修正して、コメディ路線も控えめに。コメディ路線と言っても、私の作品なので、もともとギャグ満載の捧腹絶倒という感じではありませんが、より『飛鳥』に繋げる形に補正しました。推敲に推敲を重ねて、最終的に『冬の花』で印刷に出そうとしたのですが、まてよ、と。この作品中には登場しないけれども、「冬」という登場人物がいて、『飛鳥』で絡んでくるのでちょっと示唆的過ぎるんじゃないか、と思いました。しかも「冬」が作る店は「ウィンターバード(冬の鳥)」です。あまりに先取りしたタイトルになってしまう、と思い直し、ついに『スティル・ヒア』になりました。
結局、憧れの学園生活を存分に描いたとは言えないのですが、それでも「学園ものを書いてみたい」という思いは、作品中のあちこちに見え隠れしていると思います。
そんなところも、楽しんでいただけたらと思っています。
本日、出来上がってきました。
近日中に、吉穂堂に入荷します。
