トランスセクシャルがトランスジェンダーに乗っ取られて、トランスジェンダーがさらに「クィア化されたトランスジェンダー」に乗っ取られている。
トランスセクシャルは二度「乗っ取られた」――トランスジェンダー、そしてクィア化へ
現在、「トランスジェンダー」という一つの言葉の中に、非常に異なる考え方を持つ人々がまとめられている。
しかし、その歴史をたどると、
トランスセクシャル
↓
トランスジェンダー
↓
クィア化されたトランスジェンダー
という、二段階の大きな転換が見えてくる。
これは単なる名称変更ではない。
「誰を中心とする運動なのか」
「何を実現しようとしているのか」
そのものが変わっている。
1.出発点はトランスセクシャルだった
20世紀の医学で問題にされていた中心的な存在は、現在の巨大な傘概念としての「トランスジェンダー」ではなく、transsexualだった。
典型的なトランスセクシャルのモデルでは、
「男性から女性へ」
「女性から男性へ」
という二つの性別を前提に、その反対側へ可能な限り身体を近づけ、その性別の人として社会生活を送ることが目標になる。
つまり、ここでは、
男/女という境界そのものを破壊することは目的ではない。
むしろ、
男女という区別が存在することを前提に、その境界を越えて反対側で生活したい
という発想だった。
そのため、ホルモン治療、手術、外見の変化、パッシングなどが重要な意味を持っていた。
2.そこへ「トランスジェンダー」が登場する
ところが、transgenderという概念は、もともとtranssexualと同じ意味だったわけではない。
Virginia Prince は、transsexualとは異なる人々を説明するために transgenderal、のちに transgenderist という言葉を使用していた。
Prince自身は、性器手術によって反対の性別へ移行するトランスセクシャルとは距離を置いていた。[1]
ここが重要だ。
つまり歴史的には、
transsexual → transgender
と単純に名前が新しくなったわけではない。
もともとは、かなり異なるカテゴリーだったのである。
ところが1990年代になると、transgenderは急速に広い「傘概念」へと変わっていく。
研究史でも、1990年代半ばには transgender が、transsexualなど複数のカテゴリーを包含するumbrella identityとして台頭したことが指摘されている。[2]
その結果、
transsexual ⊂ transgender
という構造が成立する。
それまで独立した名称と医療史を持っていたトランスセクシャルが、「トランスジェンダー」という、より巨大なカテゴリーの一部として再分類されるようになったのである。
これが第一の「乗っ取り」だ。
3.しかし、そこで終わらなかった
さらに大きな転換が起きる。
トランスジェンダーがクィア理論と接続し始めたのである。
その象徴的な文章が、Sandy Stone の
The Empire Strikes Back: A Posttranssexual Manifesto
である。[3]
Stoneが批判したものの一つが、従来型のトランスセクシャルが目標としていた「passing」だった。
つまり、
反対の性別の人として認識され、
トランスセクシャルであることを社会から見えなくし、
その社会の中へ溶け込んで生活する。
Stoneは、この「消える」ことを理想とするモデルを問題にした。
そして、トランスセクシャル自身が「トランスであること」を語り、既存のジェンダー境界の外側から語る主体になることを求めた。
Stoneの文章の後書きには、さらに象徴的な記述がある。
transgender theory と queer theory が互いに関わり始めたことを、Stone自身が肯定的に評価している。[3]
つまりここで、
「反対側の性別へ移行する」
というモデルから、
「性別という境界自体を問い直す」
というモデルへの転換が起きる。
4.トランスセクシャルとクィアは、むしろ逆方向を向いている
ここまで来ると、最初と最後では思想がかなり違うことが分かる。
従来型トランスセクシャルの論理を単純化すれば、
「男と女は存在する。私は反対側で生活したい」
である。
ところがクィア理論になると、
「そもそも男/女という安定した境界を疑え」
となる。
前者は境界を越える。
後者は境界そのものを不安定化する。
似ているようで、これはまったく同じ政治目標ではない。
むしろ場合によっては衝突する。
「女性として完全にパスして普通に暮らしたい」という人に対して、
「トランスであることを可視化しろ」
「男女二元論を攪乱しろ」
と言い始めたら、それはその人が求めていたものとは別の政治運動だからだ。
5.二度の「乗っ取り」
だから私は、この歴史を次のように見る。
第一段階
トランスセクシャル
↓
トランスジェンダーという傘概念に取り込まれる
独立したカテゴリーだったトランスセクシャルが、より広いtransgenderの一部分として再定義された。
第二段階
トランスジェンダー
↓
クィア理論と結合する
性別移行を中心とする問題から、性別カテゴリーそのものを問い直す政治へと射程が拡大した。
結果として、
トランスセクシャル
→ トランスジェンダー
→ クィア化されたトランスジェンダー
という流れが生まれた。
もちろん、現在「トランスジェンダー」と呼ばれるすべての人がクィア理論を支持しているわけではない。
しかし、思想史・運動史の一つの流れとして、transgender studies が queer theory と接続し、従来型transsexualismの「反対の性別へ移行して社会へ同化する」というモデルを批判してきたことは確認できる。
「同じ運動が発展した」のではない
この歴史を単純に、
「昔はトランスセクシャルと呼んでいたが、今はトランスジェンダーと呼ぶようになった」
と説明してしまうと、大事なものが消えてしまう。
変わったのは名前だけではない。
主体が変わった。
概念が変わった。
そして政治目標まで変わった。
最初に法的・医学的救済を求めていたトランスセクシャルと、
性別カテゴリーの境界そのものを攪乱しようとする「クィア化されたトランスジェンダー」を、
一本の連続した思想として扱うことには無理がある。
だから、
「トランスセクシャルがトランスジェンダーに乗っ取られ、トランスジェンダーがさらにクィア化されたトランスジェンダーに乗っ取られた」
という表現は、かなり乱暴ではある。
しかし、
「運動の中心概念と目的が二度入れ替わった」
という意味では、この変化を非常によく表していると思う。
引用元・参考文献
[1] Emily Cousens, “Virginia Prince, Robert Stoller and the Trans Feminist Intellectual History of the Sex/Gender Distinction,” History Workshop Journal, Vol. 99, 2025, pp.73–97. DOI: 10.1093/hwj/dbaf008.
[2] Avery Dame-Griff, The Two Revolutions: A History of the Transgender Internet, New York University Press, 2023.
1990年代半ばに「transgender」がumbrella identityとして台頭した過程を扱う。
[3] Sandy Stone, “The Empire Strikes Back: A Posttranssexual Manifesto.” 初稿1987年、1988年発表、1991年初出。
従来型トランスセクシャルのpassing/不可視化を批判し、後書きではtransgender theoryとqueer theoryの接近について論じている。
