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魚がぬるくなる前に

 母さんが魚を捌くのを見るのが好きだった。

 魚の頭を切り落とし、腹の部分を割いてワタを出す。包丁を横にして、骨に沿って身を剥がす。母さんが捌いた魚は、水洗いの必要がないほど、血や内臓の汚れが残らない。水で流すことで魚の旨味が逃げるのを、母さんは極端に嫌う。時間をかけて捌くことも、絶対にしない。

「サッサとしないと、魚がぬるくなるべさ」

 人間の手の温度で、生の魚はあっという間にあたたまり、鮮度が悪くなってしまう。だから、すばやく捌かなくちゃならない。

 母さんは、北海道の西にある半島の漁村で生まれた。漁師だった父親からも、母さん同様に魚を捌くのがうまかった母親からも、捌き方を習ったわけじゃない。

「姉さんたちが捌くのを見てただけさ。ワシなんてヘタなほうで、いっつも『おめ(お前)の魚は食いたくね』って言われてさぁ」

 魚を捌く手つき同様に、母さんの考えには無駄がない。グダグダ考えず、スパッと決める。買い物に行っても、迷うことなく、欲しいものを欲しい分だけ買う。外食したときも、メニューをパラパラとめくって、「これ」とすぐに注文を決めてしまう。

 私も決断は早いほうだけれど、母さんとはちょっと違う。母さんは何かを選んでいるが、私は何かを選ぶのを、避けている。

 買い物に行っても、どれでもいい。外食しても、なんでもいい。こだわったらこだわった分だけ、がっかりする。だったら、最初からどこにも重心を置かないほうがいい。そう思ってきた。母さんのあの迷いのない包丁を見ながら。

◇ ◇ ◇

 私が東京に出て一人暮らしを始めたのは、19歳の春だった。

 東京ではじめて魚を買ったのは、それから半年ほど経った秋のことだ。よく行くスーパーで、鮮魚売り場を覗くことはあった。でも、どうも買う気にはならない。地元の魚よりも鮮度が悪そうというか、魚の目が死んでいるというか。

 いや、地元の魚だって死んではいたのだけど、その、ほら、目がね、なんというか、濁っているというか。目が、生意気じゃないというか。せっかく食べるなら、「俺はもっと生きたかったんですがね、ええ、漁師の野郎に負けたわけですよ」みたいな、活きがよく生意気なヤツのほうがいいと思っていた。

 そしてこのとき、そんなツンツンしている魚を、東京ではじめて見たのだ。鯵だった。腹のあたりを銀歯みたいに光らせて、「……ッス」みたいなあいさつをしそうな鯵。切り身に囲まれてながらも、自分はこいつらとは違うンすよね、みたいな雰囲気で、氷の入った水の中でひときわピンと背を伸ばしていた。

 「さばきますのでお声がけを」と書かれた貼り紙を無視して、一尾をそのまま買ってきた。部屋に着くなり母さんに電話して、捌き方を聞いた。

「包丁を寝かせて、骨に沿わせンだ。ゆっくりじゃなくて、サーッて一気にだ」

 わかった、と言ったが、まったくわからなかった。包丁を入れるたびに手が止まり、身がぼろぼろになり、まな板が血だらけになった。水で何度も洗い流しながら、ようやく片身を剥がしたときには、魚はすっかりぬるくなっていた。

「サッサとしないと、魚がぬるくなるべさ」

 台所に一人で立ちながら、母さんの声が聞こえた気がした。

 結局その鯵は、塩焼きにして食べた。味は悪くなかった。少なくとも、私にはそう思えた。でも母さんに食べさせたら、たぶん首を傾げただろう。
 それからしばらく、魚を丸ごと買うことはしなかった。

 スーパーの鮮魚売り場の前を通るたびに、あのぬるくなった鯵を思い出した。包丁の入れ方も、骨の外し方も、うまくできなかった。でも不思議と、また捌きたいという気持ちは消えなかった。うまくなりたいというより――あの台所に、もう一度立ちたかった。

 母さんが魚を捌くとき、私はいつも隣に立っていた。何かを手伝うわけでもなく、ただ見ていた。母さんも何も言わなかった。包丁の音と、水を使わない静かな台所と、魚のにおいだけがあった。

 あれは何だったのだろう、と今も思う。

 母さんは私に、魚の捌き方を教えようとしたことが一度もなかった。私も、教えてほしいと思ったことがなかった。

「今は切り身も売ってるべさ。お前はそっちのほうがいいって」

 そう言っていたこともあった。たぶん、私のめんどくさがりな性格を見越してのことなんだろうけど、ちょっと寂しい気もした。

 私はおそらく、母さんのこの技術を受け継げない。

 そのことを、母さんはたぶんとっくに知っている。だから教えなかったのだ、と今は思う。「切り身のほうがいい」は、あきらめではなくて、私への合わせ方だったのかもしれない。合わせてもらっていたのに、ちょっと寂しいなどと思っていた。

◇ ◇ ◇

 80歳を超えた今も、母さんはときどき魚を捌く。

 手つきは変わっていない。迷いがなく、鮮やかで、終わったまな板が驚くほどきれいだ。

 ただ、手が変わっていた。

 関節が太く、指の付け根のあたりが、ごつごつとしていた。魚を掴む力は昔と変わらないのに、その手だけが別の時間を生きているみたいだった。

 この前、地元から直送便で送られてきた鰈も、母さんは見事に捌いた。その夜、その鰈を煮付けにして食べた。

「鰈は煮付けに限る」
「さんまは目黒に限るけどね」
「うん」

 箸を持ちながら、ふと思った。私はまだ、魚をうまく捌けない。でもいつかできるようになるだろうか。それとも、ずっとできないままだろうか。

 どちらでもいいような気がした。

 ただ、母さんが台所に立っているうちに、もう少し隣で見ていたいと思った。あのころと同じように、何も手伝わず、何も言わず、ただ隣に立っていたい。水を使わない静かな台所で、包丁の音だけを聞いていたい。

 見ていることが、何かを受け取ることだったのだと、今は思う。そして母さんも、きっとそれを知っているんじゃないかな。

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