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匿名の交流

中学生か高校生くらいの頃、上手く寝られなかったときにたまたまラジオをつけたのが最初だった気がする。
ラジオは、送ったメールをちゃんと読んでもらえる。
僕というリスナーを、出演者が、他のリスナーが、認識している感覚があった。

少し遡って、小学校の頃から話をしよう。

小学校のヒエラルキー・モテの基準は足が速いか、もしくは面白いかだった。
僕は太っていて運動は苦手だったけど、面白さで勝負していた、と思っている。

いまもこうして文章を書いているけれど、何かを考えるのは楽しいし、自分の話したこと、考えたことに反応が返ってくるのは嬉しい。

面白さを出すには自分から前に出て発言していく必要があって、その自信を担保していたのが、勉強だった。
僕は中学受験のための塾に通っていて、クラスも上の方だった。当然、小学校の中ではめちゃめちゃできる。
そんな感じで、勉強ができて、面白いこともできるやつとして、僕は上手くやっていた。

中学に入ると状況が変わった。僕は勉強ができなくなった。

まず、相対的に。
教室に座っているのは同じ入試を突破してきた者たちだけだ。
全員つるかめ算が上手いし、筆者や登場人物の気持ちを読み取れるし、都道府県の作物の生産量のランキングに詳しい。

さらに、絶対的に。
塾での強制的な詰め込みで維持されていた学力は、自由になった途端、急激に下がった。

そんなこんなで、最初の中間テストで1つ赤点がついた。
これがよくなかったが、僕の中で赤点はヤバイものではなく、まぁちょいちょいつくものになってしまった。

運動ができなくて勉強もできない僕は、急速に自信を失った。
という感じで、中学・高校の頃の僕は、部活に打ち込むわけでもなく、成績もよくなくて、というか極めて悪く、無気力だった。夜遅くまでゲームをして、寝不足で学校に行って授業中に寝ていた。

そんな中で、ある日寝られなかったときに、たまたまラジオを聴いた。
色んな周波数に合わせて試してみて、なんとなく良いかなと思った番組にした。

深夜のラジオで、失礼ながら聞いたことのないアイドルグループの元メンバーがパーソナリティをしていた。
当時彼女もいないで過ごしていた少年としては、女性の良い声というだけでプラス評価だったのかもしれない。
そして、親が寝たあと、一人でWalkmanでラジオを聴くのが、なんかルールを破っているようでワクワクした。

翌週も聴いてみた。その翌週も。
寝落ちすることもあった。

何度か聴くうち、メールを送るようになった。
曲のリクエストとかもした。
失礼ながら、深夜の、そんなに大人気というわけでもないラジオだったのだろう。そこそこの頻度でメールは読んでもらえた。

普段は自信がなくて上手く表に出られないけれど、ラジオでは、自分の書いたものが公共の電波に乗っていろんな人に届いている。
同じラジオネームで何回か読まれて、多分パーソナリティやリスナーもぼんやり認識してくれる。
当時、色々うまくいっていなかった僕にとって、それはすごく嬉しいことだった。
匿名だからこそできた交流のようなものだった。

一度、電話の企画にも参加できた。いつもメールを読んでくれるパーソナリティと本当に少しの時間だけど話すことができた。
正直、緊張してしどろもどろだったけど、今でも記憶に残っている。

ラジオがあったからなにかが変わったとか、助けられたとか、そんな大層な話ではない。事実、そのあともしっかり無気力に生活して、浪人した。

それでも、ラジオは僕にとって少し冒険できる場所だった。

ただ聴いて楽しいだけじゃない。
自分もラジオネームで気軽に参加でき、何かを発信できる。
自分の発信に反応してくれる。
深夜の大人の世界に少しだけ入り込めた気がした。

#わたしとラジオ

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