B2Fの自販機は、たぶん私を見ていた
自販機に100円入れて「???」を押すと、赤ワインが出てきた。
どうやって、持って帰ろう。
ー 私がこの自販機と出会ったのは、ひと月前。
職場が入ったオフィスのB2Fにある、駐車場奥の自販機。
B1Fの駐車場がリニューアルされてからは、みんなそちらに停めるので、B2Fはいつも空いている。
昼休みを持て余し、たまたま目に入った地下への階段。
運動がてら、地下の駐車場でも覗いてみるかと、下っていった。
思った以上に段数が多かった。
じめじめした季節だったか、喉が渇いていたのだと思う。
到着すると、目に入った自販機に足を向けた。
年季の入った佇まいで、並んでいる商品も雑多、価格は100円均一でお手頃だった。
缶コーヒー、ミネラルウォーター、お茶、炭酸飲料……
どれも、他の自販機で見かけたことがないラベルのものが多かった。
激安スーパーに行けば、30円くらいで買えそうな、飲めたらよいでしょ?感が出ている。
この缶コーヒーだけは一度飲んだことがあるが、飲めたものではなかった。
どれにしようかと悩んでいたら、一番右端の「???」の缶が目に入った。
どれを飲んでも満足しないと思い、ものは試しに「???」を押してみた。
正直、期待はしていなかった。
並んでいる商品のどれかが出るのだろう。
取出口に手を伸ばした。
それは青森産の100%ストレートりんごジュースだった。
あれ、ここに並んでないやつだな。
100%か、悪くないかも。
蓋を開けて飲んでみると、想像以上に美味しかった。
後で調べたら、300円くらいはするものだった。
翌日、翌々日と、昼休みになるたび何度か足を運んだ。
「???」を押すと、
500円相当の天然ジンジャーエール
1000円相当のクラフトコーラ
1500円相当の自家製レモネード
‥‥‥
これは自販機ベンダーの配達人の面白がりなのだろうと思った。
彼と私の、秘密の会話なのだと。
この自販機のことは、誰にも言わないと決めた。
2週間経ったころ、高価なドリンク祭りは終わり、「売切」の表示になった。
その後、何度か足を運んだが、「売切」が続いたことから、足が遠のいていった。
久しぶりに、B2Fに足を運ぶと、その自販機はリニューアルされていた。
並んでいる商品は、すべて『???』になっていた。
100円、500円、1000円、5000円、10000円まである。
えっと、一、十、百、千、万、10万、100万もある。
私は驚きと、困惑と、そして、意味のわからなさに笑ってしまった。
冗談がすぎるなと。
「???」が売切れたことで、気をよくしたのか。
これは何かのテストマーケティングなのか。
私は試されている気分になった。
どこかから見られているのではないか。
そう思い、天井や壁を見渡したが、防犯カメラらしきものはなかった。
自販機に目を移すと、支払いが電子マネーに対応していた。
この読み取り部分から、私を覗いているのではないか。
そんなことまで考えた。
意味があるのかと自分に問いながら、読み取り部分から、少し身体をずらした。
あっ、そうか。
高価なものを買えるようにと、支払いが電子マネーになったのか。
にしても、100万円のドリンクってなんだよ、と呟きながら、100円を入れて、いつもの「???」を押した。
取出口に手を突っ込むと、大きな瓶の感触があった。
うん?
なんだ、これは。
おそるおそる取り出すと、なんと、赤ワインが出てきた。
見たことがある高級ラベルだ、5万円くらいするだろうか。
100円で、このリターンはすごい。
リニューアルして、パワーアップしているようだった。
にしても、これは家で飲むものだろうに……。
嬉しさもありながら、どうしたものか、袋もないし。
そんなことを考えている最中、突然、自販機のディスプレイが点滅しはじめた。
メッセージボードに、『ダブルチャンス』という文字が流れてきた。
ー 今から3分以内のチャージで、チャージ額が2倍! 詳しくはQRコードから!
2倍?
1000円チャージしたら、2000円分使えるということか。
今まで100円を入れて、500円、1500円相当のドリンクが出てきた。
5倍、15倍のリターンだ。
今回は5万円のワイン。
リニューアル後、ワイン相当が出てくるなら、500倍のリターンは見込める。
えーと、1万円で2万円分チャージして、500倍で、最大1000万円相当のリターン!
やばい、そんなことあるのか。
そもそも、そんなに飲まないだろう。
いや、日持ちするし、高級ワインなら売れるのか。
万が一、100円のドリンクしか出なくたって、損はしないし。
休みの日に車で来て、まとめ買いして。
よし!
1万円チャージしよう。
私は急いでスマホでQRコードを読み取り、サイトにアクセスした。
サイトではタイマーがカウントダウン表示されており、すでに2分30秒を切っていた。
説明に従ってアプリをダウンロードし、登録を済ますと、すでにアプリ上の表示が30秒を切っていた。
操作に手慣れていないと、3分なんて無理だろ、とツッコミながら、なんとか、チャージ金額の入力画面まで到達した。
千円単位のチャージと書いてある。
1万円だから、問題ない。
急げ、自分!
残り5秒。
まずい、早く打たなきゃ。
1をタップし、0を4回タップして、チャージボタンを押した。
画面には、チャージ完了と表示されていた。
間に合った!!!
ひと仕事を終えて、喉がカラカラだった。
気が大きくなった私は、1000円の「???」を押した。
すぐに、ワインはここでは飲めないと気付いたが、まぁいいか。
何が出るかわからないし。
アプリ残高が10000千円の表示から、9999千円の表示に変わった。
取出口に手を伸ばすと、250mlの缶らしき感触だった。
普通に飲めそうなものが出てきたぞ。
取り出してみると、それは、以前、自販機に並んでいた缶コーヒーだった。
あれ、おかしいな。
缶コーヒーのラベルを読み込むと、「低温熟成焙煎」と書かれている。
前に飲んだものと違うのかな。リニューアルしたのかもしれない。
私はニヤニヤしながら、プルタブを引いた。
